2009年10月18日 (日)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

父ちゃんです。

このところの残業と週末の遠出がたたったか、風邪でダウンして数日寝込みました。
辛い状況なのは、そうなのですが、
正直なところ、病気で寝込む状況というのは、そんなに嫌いじゃない。
仕事と家事、育児から解放されて寝ているだけ。
普段、読めない本も思いっきり読める。

ということで、読んだ本の中から一冊紹介します。

2009katou_2

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

加藤陽子/著
朝日新聞社/2009

明治以降、日本が対外戦争を続けてきた。
というのは、知っているのだけど、一体何のため?
ということになると、よく判らない。

この本は、著者が中高生に語る形で、日本の戦争について考えていきます。

最新の歴史研究の成果と中高生たちがはさむ疑問から、日本の近代史が解き明かされていきます。
読んで、ああ、そういうことだったのか、と、いろんな断片的な知識がつながりました。

何が戦争を引き起こしたのか?
それによって、日本がどのように変わっていったのか?

広範な視点から見た、日本の近代史。
正しい歴史認識を持つ上でも、ぜひみんなに読んでもらいたい一冊です。

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2009年9月 8日 (火)

道の先まで行ってやれ!

2009ishida 道の先まで行ってやれ!-自転車で、飲んで笑って、涙する旅

石田ゆうすけ/著
幻冬舎/2009

父ちゃんです。

このブログに度々登場する石田くん。
彼の最新刊が発刊されました。
とはいえ、一ヶ月以上前ですが・・(石田くんごめん)。

今までの本は、世界一周がテーマでしたが、今回は、舞台が日本。
「サイクルスポーツ」という雑誌での連載をもとにした本です。

我が一家も全員登場。
雑誌連載時より、感動的なエピソードに仕上がっているのが、ちょっと可笑しい。
詳しくは、本書をご覧下さい。

それにしても、濃厚な旅をしている。
いろんな景色、食、ひと。
食べ物の描写は素晴らしく、これを読んでいるだけでヨダレがでてきて、その地に行きたくなる。
そして、様々なひととの出会い。
石田くんの人柄が、これだけの深い出会いを生み出すのであろう。

かつて、父ちゃんが行った旅のことも想い出す。
ああ、久々に一人旅がしたいなあ。

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2009年7月 5日 (日)

神去なあなあ日常

2009miura 神去なあなあ日常

三浦しをん/著
徳間書店/2009

父ちゃんです。

林業という職業は、父ちゃんは馴染み深いのですが、一般の人にとっては殆ど馴染みのない職業だと思う。
やっていることも地道で泥臭く、スマートとは言いかねる職種だ。
およそ小説のネタにはなりそうもない。
と、思ったら、やってくれました三浦しをん。

背景としての林業ではなく、林業そのものを実に見事に描いてくれます。
たまに、おやっ?と思う記述が無いでは無いですが、殆ど正確にしかもかなり突っ込んだ記述になっていて、林業関係者(父ちゃん)から見ても感心する出来映え。
専門家では、こうはいかないだろう。
専門家は、つい「知っているだろう」若しくは「言っても判らんだろう」と説明不足になりがちだからね。

物語は、都会の青年が母親が勝手に申し込んだ「緑の雇用」により、神去村(架空の村)で林業をすることになります。
初めは、逃げだそうとして青年が徐々に林業と向き合い、村のとんでもない人たちやしきたりに翻弄され、謎の美女が現れ、そして村のとんでもない伝統行事に巻き込まれ・・・。

読み始めたら、止まりません。
林業をテーマに、ここまでのエンターテインメントを構築した三浦しをんに拍手。

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2009年5月30日 (土)

サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法

2008ikegami サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法

池上正/著
小学館/2008

父ちゃんです。
少年サッカーについての本は、いっぱいでていますが、殆どは練習方法とかの技術面に偏っています。
そんな中、この本は子どもとの接し方に重点が置かれていて、「待ってました」と言いたくなるような本です。

著者の池上正さんは、大阪のYMCAで子どもたちにサッカーを教えていて、現在はジェフ市原・千葉のジュニア担当コーチを勤めています。
池上さんは、「小学生の指導に叱る、怒鳴るは必要ない」といいます。
大人がイライラするパターンがあって、それへの対処の考え方が示されています。
新しいスキルを教えるとか。

また、大人の勝利至上主義には大きな弊害がある、と指摘。
負けて怒鳴り散らすようなコーチや父兄への警鐘を鳴らしています。

一番感銘を受けたのは、
「少年サッカーは『サッカーが楽しい!』と心から思えるようにすること。そこが一番の目的である。」
という言葉。
うーん、そうだよなあ。
そこさえはずさなければ、子どもたちは勝手に上達していくようです。

父ちゃんは、本書を読んでいろいろ反省することが多くありました。
サッカーのみならず、子育てにも役に立つ一冊です。

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2009年3月19日 (木)

すごい本屋!

2008ihara すごい本屋!

井原万見子/著
朝日新聞出版/2008

父ちゃんです。

街場に暮らしている人には、判りづらいと思うが、本屋の無い地域というのは、広大に広がっているのである。
東京23区より広い南会津郡であるが、新刊書店があるのは、南会津町だけ。
しかも旧町村単位で田島町だけである。
これは、南会津に限った話ではなく、郡部の町村では、本屋がある方が珍しいくらいではないか。
本に接することのできない人々は、実に多いのである。

さて、和歌山県日高郡日高川町(旧美山村)。
山奥の小さな集落で、著者はイハラ・ハートショップという小さな本屋を営んでいる。
集落唯一の小売店でもあるこの店は、売り場の半分が本屋、半分が日用雑貨品という品揃えである。

この著者が熱意あふれる人物。
学校自主巡回や絵本の読み聞かせから始まり、絵本の原画展や著者を招いた企画などを次々に行っていきます。
その結果、子どもたちの目が輝き、周りの大人たちも動き出していく。
地域の奇跡を生み出していったのです。

読んでて元気が出てくる本。
熱意を持ってやれば、たいがいのことはできてしまうんだな、と思えました。

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2009年3月 2日 (月)

「かりんちゃんと一五人のおひなさま」

かあちゃんですhappy01

Karintyanto15ninnoohinasama_2 『 かりんちゃんと一五人のおひなさま』
  なかがわちひろ 作
  出版:偕成社 発行:2009.1

おひなさまの季節に出会った一冊です。
いづみといっしょに読もうと思って、図書館から借りたのですが、いづみは「自分で読む」といって、約一ヶ月かけて読み終えました。

主人公のかりんは、今年ひいおばあちゃんのおひなさまを譲り受けました。
おひなさまたちは、かりんの前では、おしゃべりをします。おひなさまは、かりんを見守り、ときには、小鳥の姿にもなります。
ある日、かりんは、おひなさまのいわれを、お友だちのあやめのおばあちゃんに教えてもらいます。

 「毎年、紙でおひな様を作ってね、ささやかな祝いをすますと、前の年のおひなさまを川へ流したの」
 「流しちゃうの?もったいなーい。なんで?」
 「おひなさまというのは、もともと形代(かたしろ)といってね、その子のけがれをかわりにうけてくれるものだからよ」
(中略)  
 「いいねえ、おひなさまは。かわいい女の子たちがおひなさまをかざってしあわせをねがい、けがれを流してきれいな心になると、春が来る。こういうことが、何百年もつづいてきたんだものねえ。」                   
                             (P75~抜粋)

かりんは「おひなさま」を見るたびに、自分が両親や祖父母や、まわりの人たちに大切にされていることを思い出すでしょう。そして、親になったとき、その思いを子どもたちに伝えていくのでしょうね。

ところで、段飾りのおひなさまには、一五人もお人形がいるんですね。

上から…
 おとのさま おひめさま
 小梅 小桜 小桃(三人官女)
 歌丸 笛丸 小丸 大丸 太鼓丸(五人囃子)
 右大臣 左大臣
 おこりんぼ なきむし としより(仕丁)
というお名前です。かあちゃんは、初めて区別が付きました。

いづみの保育園には、段飾りのおひなさまが五~六組、それから、会津の天神様も一緒に、ずらりと飾られます。
おむかえのときに、近くに行って「これはおこりんぼ仕丁だよ」とかいいながら、ゆっくり眺めました。

S2009_03020008_2  狭い我が家には、なかなか本当のおひなさまを飾れないので、しょうへいが、今年もまた「レゴ雛」を作ってくれました。「一日飾りはいけないそうだ」といって、ゆうべ飾ってくれました。こちらも、心がこもっています。

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2009年1月13日 (火)

ぶくぶく発酵するふしぎ

2003bukubukuぶくぶく 発酵する ふしぎ
絵本 おもしろふしぎ食べもの加工[5]

生活環境教育研究会/編
農文協/2003

父ちゃんです。

しょうへいがいきなり「アップルサイダーを作ろう」と言い始めた。
しょうへいの行動は、いつも唐突である。
どうやら絵本で見たらしい。
そこで材料を買ってきて、作ってみることに。

材料(200cc分)は、
100%のりんごジュース 200cc
砂糖 14グラム
ドライイースト 1グラム

りんごジュースに、砂糖とドライイーストを溶かす。
それをペットボトルに入れて、軽くふたをする。
そして温かいところに置いておくと、翌日出来上がり。

ふーん、作り方は簡単だねえ。
じゃあ、ストーブの前に置いておくか。

何時間か経って、ペットボトルを見ると、ぷつぷつ小さな泡が立ち始めている。
おお、発酵が始まっている。

次の日見ると、ペットボトルがふくれている。
フタをゆるめると、しゅわーと軽く泡が立った。
出来たかな。飲んでみよう。

しょうへいの感想は、炭酸がきつい。
どれどれ、父ちゃんも。
ああ、おいしい。
はて、どこかで味わったような・・・。
そうか、シードルの味だ。
シードルは、りんごのスパークリングワイン。

このサイダーは、酵母のアルコール発酵によるもの。
すると、このまま置いとくとシードルになるんだろうか?
ちょっと、調べてみようかな。

しょうへい、また作ろうね。

この本には、いろいろ発酵食品の作り方が載っていて楽しいです。
さて次は何を作ろうか。

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2008年12月13日 (土)

奇跡のリンゴ

2008kisekinoringo 奇跡のリンゴ
「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録

石川拓治/著
幻冬社/2008

父ちゃんです。

大学時代、青森県の津軽平野で青春を過ごした父ちゃん。
よく、バイクや自転車で岩木山麓のリンゴ畑の中を走りました。
春には、白い花が咲き、秋には赤いリンゴがたわわに実る。
広大なリンゴ畑は、とても走っていて気持ち良かったのですが、時々、爽やかとは言いかねる空気の中を走らざるを得ないことも。
そう、リンゴ栽培には大量の農薬散布がつきものなのです。

品種改良を繰り返したリンゴは、農薬なしでは栽培できない。
その常識を覆した一人の農家がいる。
それが木村秋則。

農薬に過敏な妻のこともあり、無農薬でリンゴを作ろうと決意した木村。
無農薬栽培に取り組むやいなや、リンゴは全く実らなくなります。
リンゴ農家にとって、リンゴが採れないということは、収入が無くなること。
木村家は、極貧の生活を余儀なくされる。

それが6年間続き、ついに木村は自殺を決意し、月夜の晩、ロープを持って岩木山に登り始める。
ふと見ると、山の中にリンゴの木が。
おや、山の中なら無農薬なのに、なぜこんなに葉っぱをつけて元気なんだろう?
近づいてみると、それはドングリの木であった。
木村は、その木の生えている土が、とても柔らかいことに気付いた。

そうか、この土を作ればいいんだ。
夢中で山を駆け下り、自分のリンゴ畑へ。
案の定、リンゴ畑の土は、がちがちに固い。
それ以来、木村はリンゴ畑の除草をやめる。
土がだんだん柔らかくなるにつれ、リンゴの木は元気になっていき、再び実がなり始まる。

木村の信念が「絶対不可能」を覆す。
とても感動的な物語。
リンゴの木を取り巻く状況から、現代社会への警鐘も鳴らされます。
いやあ、すごい人がいたものだ。

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2008年12月 3日 (水)

テクテクノロジー革命

2008fujimura_3 テクテクノロジー革
~非電化とスロービジネスが未来をひらく

村靖之+辻信一
大月書店/2008

最近、残業続きで家族一緒の晩ご飯が食べられず、家族のひんしゅくを買っている父ちゃんです。

先日、話を聞いてきた非電化工房の藤村さんの新著。
対談という形で、藤村さんの哲学が語られます。

世界は、どんどんグローバリズムと電脳化に向かっている。
でも、そこに明るい未来はあるのだろうか?
訊いてみると、殆どの人は、そこに希望を見いだせないという。
発明家である藤村さんは、グローバリズムと電脳化へのアンチテーゼとして、ローカル化と非電化をテーマとするようになった。

非電化は、否電化にあらず。
非電化は、決して電化を否定するものではない。
電気を使わなくても、愉しくやっていく術があるよ、と提案していくのだ。

藤村さんが発明したのは、非電化冷蔵庫や非電化乾燥器、非電化掃除機などいろいろある。
そして、それらを発展途上国で展開していたりする。
モンゴルやナイジェリアでのプロジェクトがそれだ。
そこで、スローでローカルなビジネスを興したりする手伝いをしている。
これらの発展途上国は、先進国と同じ轍を踏まずに一気に問題を飛び越えることができるという。

エネルギー問題の解決策として、自然エネルギーやバイオマスなんかが取り沙汰されているが、電気を使うという発想を止めない限り、問題の解決を図れない。
かといって、時代を逆戻りさせることはできない。
そこで、非電化という選択肢。
なんだ。電気を使わなくても愉しくやっていけるじゃないか。

藤村さん曰く、行動する上では、愉しくやらないと続かない。
愉しくやっていくには、ビジネスとして成立すること。
正しさを軸足において、持ち出ししていくと、どんどん攻撃的になり疲弊していく。

この本を読んで、藤村さんの思想をより深く理解し共感を覚えた。
父ちゃんも木質バイオマスの普及や薪割りクラブの支援なんかをやっているが、進むべき道しるべを得た思いである。

本書には、いい話がいっぱい載っているのだが、最後にひとつ。
アメリカ先住民の長老が、征服者である白人のやり方について言った言葉。

人間が最後の木を伐ったとき、
最後の川を汚してしまったとき、
そして最後の魚を焼いてしまったとき、
やっとそのとき気づくだろう、
お金は食べられないということを。

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2008年9月30日 (火)

「トムは真夜中の庭で」

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

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『トムは真夜中の庭で』
フィリッパ・ピアス作、高杉一郎訳
岩波書店(岩波少年文庫041)

「イギリス児童文学の名作」と評されるこの作品を、やっと読むことが出来ました。
古典的な作品の多くに「一度は読んでおこう」という義務感みたいな気持ちが働く一方で、「いつでも読める」と思うからか、何か「勢い」がないと、実際はなかなか読もうという気持ちになりません。読むスピードもゆっくりめです。
(その点、「新刊書コーナー」に並ぶ作品を読むときは、せき立てられるように、すっ飛ばしながら読むので、実はどんな内容だったか覚えていないことも多いです。)

さて、『トムは~』です。
表紙の絵、さし絵は地味でちょっと不気味なタッチです。

おはなしは、はしかにかかった弟ピーターと離れるために、おじさんとおばさんの暮らすアパートで夏休みを過ごすことになったトムの、不思議な体験です。
トムは現実の世界を生きているのに、たびたび昔の世界に入り込みます。
トムにとっては、昨日、今日、明日と順番通りの毎日なのに、あちらの世界に住む人々の時間の配列はめちゃめちゃです。逆戻りしていることもあります(もう私にはうまく説明できないわ)。
それがどうしてか、も、最後にはちゃんとわかります。

あちらの世界でトムの姿を見ることの出来るのは、ハティとアダムの二人だけ。
この二人にどうしてトムが見えるのかも不思議なことだし、トムを見ても騒ぎ立てたりしないのもおもしろい。

ハティは、たまにトムに会えるのを楽しみにしながらどんどん成長していくのに、トムは全然成長しません。トムにとっては夏休みの毎晩の出来事だもの、どんどん成長しないのは当然ですけど。大人の女性になったハティが、未来の夫となる男性と話に花を咲かせている横で、トムが「つまらない」と感じる場面があって、トムはやっぱり「まだこども」なんだと思うと、その小さなやきもちがほほえましく感じられました。 

読んでいるうちに、あれ、こういう場面、どこかで見たなあ…としばらく思い出そうとしていたら、あーーーーわかった、「ドクター・フー」だ!と思いあたりました(→Link)。
「ドクター・フー」以外にも、韓国映画(ハリウッドでもリメイクされた)の「イルマーレ」にも、『トム~』っぽいところあるしなあ…。そうか、「ドクター・フー」や「イルマーレ」のアイディアにも、この作品が影響しているのね~なんて、ことも勝手に想像しちゃいました。

先にこの作品を読んでいたら、「ドクター・フー」や「イルマーレ」を見ながら、「あ~、『トムは真夜中の庭で』にもこんな場面あったわね~」なんていいながら、見たかもしれません。

「ドクター・フー」が大好きで毎週見ていた昌平がこの作品を読んだら、昌平も「ドクフーみたいだね」と言うだろうか?そんなことを、また勝手に想像して楽しんでいます。

「ドクター・フー」は抜きにしても、『トム~』とてもよかったですscissors。特に、最後の最後はじ~んcatfaceとしました。この余韻がたまりません。

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2008年9月 5日 (金)

「RDG レッドデータガール はじめてのお使い」

かあちゃんですhappy01
こんな本読みました。

Rdg

RDG
 レッドデータガール はじめてのお使い
荻原規子 
角川書店
(装画 酒井駒子)

2008年7月に角川書店から刊行された新しいファンタジー・レーベル「銀のさじシリーズ」の第一回配本の作品です。

表紙は酒井駒子さんの絵。
「レッドデータガール」ってなに?赤い袴をはいている巫女さんなの?
図書館の新刊コーナーに並んでいるときも、なんか、妖しげで、おもしろそうな雰囲気を漂わせている本でした。
副題の「はじめてのお使い」というのも、なんだか意味深だし。
いままで、なんとなく敷居が高そう…なんて気がしてた荻原規子さんの作品でしたが、かあちゃん、この本は、なんだかわからないけど、どうしても読みたい!という思いに突き動かされ、読んでみました。

で、しょうへいもこの本を見て「どんなお話しなの?教えて!」としつこく聞くんです。
やっぱりしょうへいにも、この本の妖しい雰囲気が気になるらしい。

主人公の少女、泉水子(いずみこ)は中学3年。進学相談から話が始まります。

なんの取り柄もない、パソコンも携帯も使えない、ちょっと変わった引っ込み思案な少女には、自分でも気が付かない、誰にも知らされていない重大な秘密があった!

思春期の少女をあつかうファンタジー。
ファンタジーといっても、時空を超えるわけでも架空の国の話でもなく、和歌山県と東京が舞台。
「山の神」とか、「山伏」とか、「結界」とか、「加持祈祷」とかそういう単語が、「東京ディズニーリゾート」とか、「電車の自動改札」とか、「都庁」なんて、おもいっきり俗世間な単語と、うまく溶けあっている不思議な世界。

「水と油は混ざらないけど、そこにたまごが入るとマヨネーズになっちゃう不思議」っていうのと似てる感じかしら。
(うーん、苦しい)

導入はまどろっこしくなく、スピード感があって、あっという間にその世界に入っていけます。

父の友人とその息子、深行(みゆき)が、少女の成長に立ち会うわけだが、その役目が肉親じゃないところが、おもしろい。
実際、親と子は冷静になれない部分が多いから、第三者の存在が重要なのかもしれないなあ、なんて思いました。

東京で、泉水子は母親と会えずに帰ってきたが、聞きたい話はどうなった?進学してからの泉水子と深行は、どんな風に成長するの?など、気になる部分を残しているので、いつか続編がでるかしら…と期待しています。

ひさびさに、「勘が当たったshine」一冊でした。

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2008年8月29日 (金)

ちょっと「郡山」が登場する本

かあちゃんです。
こんな本読みました。

子どもの夏休みは、かあちゃんはゆっくりできない法則があるでしょう。
なんだか、TVも本読みもはかばかしくなかったなあ。
そんな中、読んだ二冊の本に、思いがけず「郡山」の地名が続けてできたので、びっくりでした。

一冊目は

Hiradaigaomatikane
「平台がおまちかね」(創元クライム・クラブ )
大崎梢 著、東京創元社

オンライン書店bk1では「新人出版社営業部員・井辻くんのハートフル・ミステリ。」と、紹介されています。著者の大崎梢さんは元書店員で、主人公は出版会社の営業マン。と、それだけで、なんだか読んでみたくなる設定じゃないですか。

で、私でも読める”血のでないミステリー”って、実は、日常生活の中に、こんなにも隠れているんだわ!ってわかったんです。
「○○さんは、どうしてこの頃笑わないのか」を解き明かすのだって、ミステリーなんだもの、「いづみが朝ご飯を食べずに、ごろごろテーブルの周りで転がっているのはなぜか?」を解き明かすのも、ミステリーなんだわ!

伏線がどこに張られているんだろう…と、今度、慎重にいづみの様子を観察してみようっと。

さて、二冊目は

Akapera
「アカペラ」
山本文緒 著、新潮社

三編の短編が収められています。一つのおはなしを数人の視点から見つめるという手法がお得意なんでしょうか。三編ともそうでしたね。
おはなしは、立体的に組み立てられているので、映画を見ている感じです。
他の作品にも挑戦してみようかしら、と思います。
三編のうち二編が新潮社の「yom yom」に掲載されていたそうです。Yom_yom_7gatugou_2
(「yom yom」の100%ORANGEさんのイラストのパンダさん、いつもいいですよね~。)

二冊とも、そこにでてきた地名が「郡山」でなければならない必然性はあまり感じられなかったけれど、何かのご縁で「郡山」が選ばれたんだろうな、と思うと、嬉しくなったかあちゃんです。

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2008年6月14日 (土)

トマトの絵本

今朝の地震にちっとも気づかなかった父ちゃんです。
御心配いただいた方々、ありがとうございます。

さて、今日の我が家は只見町のトマト農家に行ってきました。
教育事務所主催の「キッズ野菜ソムリエになろう」という周年企画に参加したのです。

前半の第一弾は、トマトの苗を植えよう!
南会津地域は、南郷トマトの大産地です。
この南郷トマトは実においしい。
でも、殆ど首都圏に行ってしまうらしく、地元のスーパーには並びません。
今回は、その南郷トマトを育てるプログラム。
わーい、楽しみ。
主役の子どもたちをよそに父ちゃん母ちゃんが盛り上がるのでした。

トマト農家の三瓶さんの畑で説明を聞きました。
トマト栽培は経験ある我が家ですが、知らない話がいっぱい。

S2008_06140011

葉っぱと花は4拍子、葉、葉、葉、花・・・の順に90°の角度で付く。
だから、植えるときは「お花さん、こんにちは」と言って、自分の方に向けて(即ち通路側)植えるんだ。
すると、トマトの実が自分の方になるよ。

トマトの原産地は、南米のアンデス山脈。雨の殆ど降らないところだ。
だから、トマトは雨が苦手。
日は当たるけど、雨はあまり当たらないところに植えよう。

ポット苗を植えるときに、うちでは根をまず下に張らせたいので、穴にポット苗を入れたら、土はちょっと寄せるだけでいい。

等々、やっぱりプロの話は違います。

三瓶さんの話のあと、実際にみんなでトマトの苗を植えました。
穴に置いて、土をそっと寄せるだけなので、あっという間に植え終わりました。

S2008_06140007

おみやげに苗を1本づつもらいました。
我が家で肥料袋に植えて、三瓶さんの畑と比べることになります。
わーい、南郷トマトが食べられる。

1997tomato さて、トマト農家、三瓶さんが、自分の教科書だと紹介してくれた本がこれです。

そだててあそぼう[1]
トマトの絵本

森俊人・編
平野恵理子・絵
農文協/1997

一冊もらったので、家に帰って読んでみると、子ども向けながら実に詳細に解説してあり、実用書として充分に使えます。
面白くてためになる一冊。
ようし、これを読んでトマトを立派に育てよう!

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2008年6月13日 (金)

4-2-3-1

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4-2-3-1
サッカーを戦術から理解する

杉山茂樹/著
光文社新書/2008

父ちゃんです。

サッカーの布陣の話。
いやあ面白くて一気に読んでしまいました。
あまり、布陣については注意を払っていなかった父ちゃんですが、その布陣の重要性を本書で知ることができました。

ジーコジャパンの黄金のカルテットが何故機能しなかったのか?
ヒディンクコリアの快進撃の理由は?
レアルマドリーのスター軍団が思うような成績を上げられない理由?
等々が戦術面から解き明かされていきます。

新たな視点を得て、サッカーを見る目が違ってくることでしょう。
しょうへいたちのサッカーにも活かせるかな?

さて、岡田ジャパンはこれにどう応えるか。

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2008年5月20日 (火)

「すえっこ0(オー)ちゃん」

かあちゃんです。
いづみと、こんな本読みましたhappy01

Suekkootyan

すえっこ0(オー)ちゃん
エディス=ウンネルスタッド 作
石井桃子 訳
ルイス=スロボドキン 画
フェリシモ出版(2003年1月発行)

0ちゃんは、5歳。スウェーデン・ノルチェピング市にある古めかしいアパートに住む、ピップ=ラルソン家の7人兄弟のすえっ子です。
7人兄弟のうち4人の女の子は、デスデモーナ、ミランダ、ロザリンダ、オフィーリアといいます(0ちゃんは、オフィーリアちゃんなのです。)
みんなシェークスピア劇に出てくる人物のなまえです。なんて素敵shine
なぜなら、お母さんが劇団にいたからですって!
そして、長女のデスデモーナは19歳で0ちゃんが5歳。とっても年齢に幅のある兄弟のなかで、0ちゃんは育っているんです。

で、うちの5歳のすえっこいっちゃんとかあちゃんは、寝る前に1話ずつ読みました。
この頃、字が読めるようになったいっちゃんは、絵本も自分で読むことが多かったので、ひさしぶりに読んであげることができて、うれしいかあちゃんでした。

スウェーデンでは1955年の発行ですけど、50年以上経った現代の5歳児も、考えてることややることはちっとも変わらないんですね。
当たり前かもしれないけど、なんだか嬉しくなりました。
まるで、うちのいっちゃんと0ちゃんは、いつも一緒に遊んでいるお友だちのようです。
9つのエピソードのどれを読んでも、いづみが目に浮かびます。
いづみも「わかる、わかる」というように、聞いていました。
作者のウンネルスタッドさんは、子どものことを熟知されてた方なんだろうと思います。
(まるで、「育児の百科」の松田道雄さんみたい!)

先日お亡くなりになった石井桃子さんの訳ですが、翻訳には、下村隆一さんというスエーデン留学の経験のある方との共訳だったそうです。
原作はスウェーデン語なので、石井桃子さんは、一度スウェーデン語から英訳されたものを参考に訳され、下村隆一さんはスウェーデン語からの訳でした。
しかし、下村さんは、未完のうちに突然交通事故でお亡くなりになり、石井桃子さんが残りの部分を完成させたというエピソードが、訳者あとがきに紹介されていました。

長年絶版になっていたこの本を、2003年に復刊したというフェリシモさんにも感謝です。

もし、時間が経って、いづみが5歳だったときのことを忘れてしまったら、この本を読んだら、思い出せるなあ、なんて思いながら、今夜、最終話を読み終えました。
「うさこちゃんシリーズ」でもお馴染みの石井桃子さんの丁寧な言葉づかいは、読んでいるうちに、不思議と気持ちがよくなってきていたので、読み終えるのがさみしいと感じました。

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2008年5月15日 (木)

「天山の巫女ソニン ②海の孔雀 ③朱烏の星」

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

天山の巫女ソニン ①黄金の燕の続編です。(記事はこちら

Tenzannomikosonin2 天山の巫女ソニン ②海の孔雀 

(2007年2月26日 第1刷発行)

Tenzannomikosonin3 天山の巫女ソニン ③朱烏の星 

(2008年2月20日 第1刷発行)

菅野雪虫 著 
講談社

図書館に予約をしたら、2冊いっぺんに届いたので、一気に続けて読みました。

大陸から南に向かって突き出した半島に、三つの国がありました。
北の空の下、龍の鱗のように連なる山々と森と草原の国、〈巨山〉。
南風と黒潮が運ぶ海の幸と暖かな気候に恵まれた、〈江南〉。
そして豊かな平野に緑の田畑が広がる、〈沙維〉。
          ( ②海の孔雀  P5 はじめに より抜粋)

②海の孔雀では、江南のクワン王子に招かれ、③朱烏の星では、巨山との国境付近でとらわれたものたちを救うために、沙維のイウォル王子とソニンが、隣国を訪れ、王女イェラに出会う。
隣国のことは、うわさで伝え聞く程度のことしか知らない。だが実際に町の様子、暮らしている民衆の様子も、自分の目で見、話を聞くにつれ、うわさとは当てにならないことがよくわかる。

イウォル王子とソニンは10代。
二人は、お互いが出会うまで、感情を表に出さずに育ってきた。
思春期に差しかかり、感情のコントロールの難しさも感じながら、また、感情をぶつけられる相手に巡り会ったことを嬉しいと感じ、お互いに成長していることを認め合う。

まだまだ、一国の政治をまかされる年ではないが、いずれそうなる立場の王子と、彼の良き理解者で助言者であるソニン。
隣国の王子、王女、そして、この二人の成長とともに、この「天山の巫女」シリーズは、これからも続くのだろう。
王、王妃とは世代の違う若い政治家である王子、王女たちを待ち受けているものは、どんなものか?
厳しい自然環境、貧しい生活の中で生きる民衆の感情と王宮との格差、歴史、隣国同士の駆け引きなど、問題が山積みされているなか、親交をかわした若い彼らは、それらをどう解決していくのか?また新たな問題が立ちはだかるのか…

ソニンが巫女としての力に衰えを感じながら、親友ミンと話す場面が印象に残った。

「ソニンはソニンだからさ」ミンがいいました。「天山の巫女だろうが、王子の侍女だろうが、何やったって、あんたはあんただからさ」
うん、とソニンはうなずきました。
(きっと私はどんなことにも耐えられる。何を失ったって、私が私を失うことさえなければ、こうして新しい朝を何度でも迎えられるんだ)
                ( ③朱烏の星 P230より抜粋)

自作は、また来年の年明け頃なのだろうか。今から待ち遠しい。

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2008年4月26日 (土)

「そうか、もう君はいないのか」

かあちゃんです。
こんな本読みましたcrying

そうか、もう君はいないのか
城山三郎 著
新潮社、2008年1月25日発行

著者の城山氏は、2007年3月22日にお亡くなりになっており、本作は、遺稿。
2000年の2月に最愛の妻容子さんを亡くされた城山氏が、容子さんとの奇跡の出会いから別れるその日までを淡々と綴ったエッセイ。
もういない相手に向かって「そうか、もう君はいないのか」とつぶやく寂しさを思うと、題名を見ただけで、ぐっと胸にこみ上げてくるものがある。

「うつ」の要因の第1位は「つれ合いの死」と、どこかで聞いたことがある。
それだけ、大きな喪失感をおぼえる体験なのだと。
大恋愛の末に結ばれ、人生の苦楽を共に味わってきた夫婦は、しあわせが大きい分、やがてどちらかに訪れる悲しみが深くなること思い知らされる。

城山氏の綴る、茶目っ気たっぷりな容子さんのエピソードにも胸が熱くなるのだが、私が流れる涙を抑えられなかったのは、巻末に添えられた次女井上紀子氏の「父が遺してくれたもの」を読んだときである。城山氏が、なかなか容子さんの死を客観視できなかった様子を、娘の目を通して語っている。
図書館や書店で、立ち読みをしなくてよかったと思ったくらい、涙も鼻水も止まらなくなった。
母を思う父の気持ちも、その父を思う娘の気持ちが、痛いほど伝わってきたからだと思うのだが、どうだろう。

両親がわたしたちに見せる「親」としての顔ではなく、「男性」と「女性」であり、お互いを思いやっていた若い日があったことなど、子どもだった私には、やはり思いもよらないことだったのだが、大人になった今も、やっぱり半信半疑。

4月29日は、実家の両親の結婚記念日。「うちの創立記念日よ」と母はいう。
両親の口からのろけ話をたくさん聞かせてもらいたいが、話してくれるだろうかcatface

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2008年4月23日 (水)

「精霊の守り人」

かあちゃんです。
こんな本読みました。happy01

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精霊の守り人
上橋菜穂子作 二木真希子絵
偕成社、1996年7月1刷

かなーり前から、気になってはいたものの手をつけなかった本の一冊でした。
地上波しか映らない我が家のTVでも、アニメ版「精霊の守り人」の放映が始まり、ちょうど、次に読む本を探していたしょうへいに「TVでやるんだってよー」と勧めてみたら、まもなく一気読みの態勢に入りました。
ほぼ一日で読み終えたしょうへいは、驚くほど登場人物のややこしい名前をすらすらといえるのに、どんな話か?と要約するのは、まだ苦手なようです。
話のあらすじを聞いた父ちゃんにも「読めばわかるから、読みなよ」と言ってました。
でも、TVのアニメを見ながら「けっこう原作に忠実だね」と、生意気な感想をいいます。

さて、しょうへいから遅れること2週間。かあちゃんも読んでみました。
(この頃、ファンタジーが続いている気がします。)

主人公は、女ながら、短槍使いのうまい用心棒バルサ。三十才。カンバル人。
ある時、ヨゴ皇族の第二皇子のチャグムを助ける。

(やれやれ。どうやら命は救えたみたいだね。)
バルサは、ため息をついた。だが、いまの彼女にはしりようもなかったが、これは、すべてのはじまりにすぎなかったのである。(10ページ)

このように、物語の初めから暗示することばがよくでてくるので、何かが起こるぞーという期待感は大きくふくらみ、また、それに十分に応える緊迫した展開がたまらない。

いま、こちら側の世界『サグ』にいる皇子のからだには、あちら側『ナユグ』の「精霊の卵」が産み付けられている。精霊の守り人となった皇子は、そのおかげで、呪術師にも難しい、あちら側様子を見る能力が備わるのだが…。

皇子チャグムが宿した卵は、やがて成長し、産み落とされるとき「夏至」が近づく。
無事に卵が無事にかえらなければ、ひどい日照りになり、皇子のいのちも危ない。
さらにその卵を狙う「卵食い」からも、卵と皇子をを守り抜かなければならない。
百年に一度産み付けられる卵の謎、皇子のいのちを守る方法を知るために、呪術師はサグの中にあるいくつかの国々の神話や祭りの歌、ナユグの精霊にまつわる言い伝えを思い起こし、星の宮の賢者は古代文字で綴られた歴史書を読み解いてゆく。お互いに足りないところを補ううちに謎は明らかになっていくが、もはや一刻の猶予もない…。

卵は、時が来れば孵る。チャグムがその方法を知らなくとも、卵がどうすればよいかを知っているのだ。「いのちが生まれる」という営みは、なんとも不思議なものである。親になるときを生まれてくる子に教えてもらうのだ。
その場面を読みながら、私は、子どもを宿し母となった不思議さを、もう一度味わった。

物語は、30才のバルサが自分の人生を見つめ直すために生まれ故郷に旅立つ場面で閉じられ、また次の物語へと続いていく。

バルサにとって、30才という年齢は、人生の中のひとつの大きな節目であり、転機だ。
私の「30才」も、やはり、大きな節目だったなあ、といろいろ思いだした。

これって、案外大人の女性向けのファンタジーだったのかな?と思いながら、しょうへいがおもしろいと感じた部分は、私のものとは、だいぶ違うはずだし、読む人の数だけ読み方があるもので、それがいいんだよなあと思い、ついに家族の中に、同じ本について話のできる相手ができて、そんなことに気づくようになったことが、とっても嬉しいと思うのでした。

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2008年4月12日 (土)

「夢をかなえるゾウ」

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy02

Yumewokanaeruzou

夢をかなえるゾウ
水野敬也
飛鳥新社 2007年8月29日 第1刷発行

図書館から借りてきたのは父ちゃんなんです。
実は父ちゃん、自己啓発本とか、健康おたくっぽい本、結構好きなんですよ。(あ、ばらしちゃった!ごめんなさい。)
でも、その辺のジャンルにあんまり興味がないかあちゃんは、めったに手を伸ばしません。
この本も、最初は全然読む気がありませんでした。
でもね、表紙に描かれている寝っ転がったガネーシャ(ゾウの姿の神様)を、毎日みていると、だんだん気になってきて、ついに、読み始めたら、一気読みのおもしろさ、でした。

ガネーシャが、とにかくいいのよ。
関西弁で、神様だっていって偉そうにしてるけど、ゲームが好きで、あんみつ好きで、禁煙が続けられなかったりして、すぐばれるうそも付くし、とっても、ゆる~い感じです。
いきなり、自己嫌悪に陥った二日酔いの主人公の前に現れて、「変わりたいなら…」と、小さな課題を出します。
いろいろな課題が、しばらく出され続けます。その度に、有名人語録を一緒にご披露して、なんだかその気にさせてくれます。(有名人をみんな ちゃん付け で呼んで、とっても馴れ馴れしい神様です。)
あ~、読者も主人公と一緒に、課題をこなしていくと、「夢がかなう」というワケね。ふむふむ。
(半分まで読んでも、かあちゃんは、ガネーシャを信用していません。)

でも、だんだん、「いいこと言うじゃん、ガネーシャ」と思い始めましたよ。だって…

「本に期待してたんや。『この本なら僕を変えてくれる』そう思うとった。」 (247ページ)
「けどなぁ…期待しているかぎり、現実を変える力は持てへんのやで」 (249ページ)
「知識を頭に入れるだけでは、人間は絶対に変われへん。人間が変われるのは『立ってなにかをした時だけ』や」 (255ページ)

うん。確かに、自己啓発本を読んだだけでは、なんにも変われてないんだよな~。わかってるってば。

というわけで、かあちゃん、今日は、「トイレ掃除をする」というガネーシャの課題に取り組みました。
あー、きれいになって、いい気持ち。

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「銃声のやんだ朝に」

かあちゃんです。
こんな本読みましたbearing

Juuseinoyanndaasani

銃声のやんだ朝に
ジェームズ・リオーダン作 原田 勝 訳
徳間書店

戦場で敵兵とサッカーをする。そんなばかな、とおもうかもしれません。
でも、これは、第一次世界大戦中に本当に起きた出来事なのです。
                 (225ページ 訳者あとがきより)

「戦争文学」(戦争がテーマの映画、TVドラマも全般的に)を、いつも避けていたかあちゃん。
こどもの頃に読んだ戦争文学の衝撃が大きかったからだと思うのだが…、今回大変ひさしぶりに読んだ。
戦場での目も耳も覆いたくなるような惨状が淡々と描かれる場面を読み進めるのは、大人になったかあちゃんにも、やはりつらいものだった。でも、なにより驚いたことは、その戦場での悲惨な場面をまだ知らないとはいえ、17才の主人公たちが、戦場に向かうことに希望を抱いていたということだった。

戦争だ!戦争はこうした決まりごとをすべてくつがえしてくれる。男子も、女子も、新たな希望を抱く。
男の子にとっては、つらい仕事ばかりのまっ暗なトンネルに、一筋の光が射しこんだように感じられた。戦争は異国での冒険であり、終わりのない貧乏と退屈をうち破る絶好の機会なのだ。
(中略)死ぬかもしれないなどとは、だれも考えなかった。(41~43ページ)

実際に戦場に行った兵士は、黙して語らない。「行けばわかる」ともらすだけ。戦争に希望を抱いた若者たちも、前線に送られ、戦争の現実を目の当たりにしてはじめて、その意味を知ることになる。
戦争は、人と人が殺し合う異常な世界。だれもが、満足な食事もない不衛生な日々を耐え、一瞬先に死ぬかもしれない恐怖と戦い、敵に向かっていかなければならないのだ。
「なぜこんなことをしなければならないのか」と、思いながら亡くなっていった多くの命は重い。

たった一日、自発的なクリスマス休戦でサッカーを楽しんだイギリス兵とドイツ兵には、戦争を続ける意味のないことが、お互いよくわかっていた。

「もう、銃は撃ちたくありません…少佐どの」
しかし、戦争は続いたのだ。

戦争が終わって50年後、かつて兵士だった主人公が、孫と一緒に戦没者の墓を訪れる場面から始まる物語。戦争を知らない孫は、主人公が戦争に憧れていたように、戦争をかっこいいものだと思っている。
「決してそうではないのだよ。」と、言葉にできない主人公を代弁し、その悲劇を繰り返さないために、この作品は描かれている。
本文中には、戦争を体験した多くの詩人や文学者による詩がちりばめられ、「行ったものだけが知ること」は、それらの詩からも読みとれる。

戦争文学は、日本が戦時下にない今だからこそ、読んでおかなければならないのだと改めて感じた。
私は子どもたちを戦場に送らざるを得ない世の中は、絶対にいやだ。絶対に。

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2008年4月10日 (木)

「天山の巫女ソニン ①黄金の燕」

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

Tenzannomikosonin

天山の巫女ソニン ①黄金の燕
菅野雪虫(すがのゆきむし)
講談社 2006年6月15日第1刷発行

ファンタジーです。
で、このソニン、おもしろいですよ。
「黄金の」っていうところとか、主人公が女の子で、12才で、かしこく、ある人を助けようと旅に出る勇敢な心を守っているところとか、おもわずこの前読んだ「ライラの冒険 黄金の羅針盤」を連想しちゃいます。(設定に似ているところを見つけただけです。)
どちらの作品もスピード感があって、わたしは好き。一気に読みました。

自分の力に気づいていないけど、人にはできないことを成し遂げるストーリー展開、小学校高学年の女子なら、自分のことのようにのめり込んで読めるんじゃないかしら。
以下、あらすじです。

12才の少女ソニンは、生まれてすぐ巫女として見込まれ、親元から天山に連れてこられるが、巫女としての素質がないとして、家族の元に返される。
落ちこぼれの娘を温かく迎えてくれる家族は、働きものだが貧しい。ソニンは貧しいものが豊かになれない現実を知る。
ある時、ソニンの暮らす村の街道を七人の王子たちの行列が通る。そこで、王子に出会ったソニン。
ソニンは、王子たちの暮らす城に呼ばれ、末の王子の侍女となり、ソニンにしかできない役目を果たしていく。

白黒のイラストが素敵です。
読み終えてから、表紙をじーっと見て、ツバメの数を数えたりして、「え?一羽足りないかな」と思って探しちゃいました。背表紙のとこにちゃんといましたね、もう一羽。

そういえば、王子は七人。奇数っていうところ、昔話の法則にあってるし、王子とツバメと聞くと「しあわせの王子」とか、「親指姫」とかでお馴染みのキャラクター。でも、ソニンの話に中にすっと収まるから、おもしろい。
それから、悪役が素敵。
悪くなるには、それなりのワケがあったのだと、最後に知らされるところが切ないなー。

作者は、1969年福島県の浜通り生まれ。2005年「ソニンと燕になった王子」で、第46回講談社児童文学新人賞受賞。本作は、それを改題加筆したもの。(出版社による紹介より)

続編downwardrightもあります。早く読みたいかあちゃんです。図書館の特別整理期間(お休みです)が、早く終わるといいなー。

    天山の巫女ソニン ②海の孔雀
    天山の巫女ソニン ③朱烏の星

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2008年4月 9日 (水)

「あのころ、先生がいた。」

かあちゃんです。
こんな本読みました。

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あのころ、先生がいた。
伊藤比呂美 著
理論社 2007年12月21日初版一刷

これも、よりみちパン!セの一冊。
詩人である著者が出会った先生にまつわるいろんなことを、思いっきり話し言葉で描いてあります。
じつは伊藤さんが詩人だってことを初めて知ったかあちゃん、どんな詩をかくのか、とっても興味が湧きました。

で、わかりました。この本のこと。
そうか、「先生」を思い出すことは、「どんなことを考えてたか」を思い出すことなんだ。
一日の大半を過ごすところは、学校だったもんね。

「中学生って、最低な時期です。」(38ページ)
で始まる『中学生の頃』の章を読んで、かあちゃんは、自分では言葉にできなかった、中学生の頃の、なんだか面白くなくて、いつもいらいらしていて、いつも胃がきりきり痛かったわけが、納得でした。
著者の伊藤さんとかあちゃんは、もちろん何の接点もないけど、なんてそっくりな中学生だったことでしょう。情けない中学時代は、かあちゃんだけのものじゃなかったのね!
「伊藤さん、ありがとう。」と、つぶやきながら読みました。

そうして、そういえば、かあちゃんの記憶喪失な中学生時代にも、数学のオノ先生やエガワ先生、ほかにも名前はすっかり忘れたけど、個性的で素敵な先生達との出合いがあったんだった、なんてことを、思い出して、ついでに、同級生達の悪さも、ストーブの前の席で、いつも熱かったことも思い出しました。
喫茶店でオノ先生が高校生の時、ビートルズが来日したんだって話してくれたことは忘れられないし、エガワ先生が、校庭で巨大な直角三角形を描く授業をしたことも覚えているわ。
おー、結構覚えてるモンだ。

エガワ先生は、かあちゃんが働いていたとき、まだ中学校の先生で、子どもたちを引率して、かあちゃんの職場に見学に来たことがあったし、社会のワタナベ先生は、かあちゃんが仕事を辞めてから、読書会とかに参加するようになって、よくいってた公民館の館長さんになっていて、ほのぼのした感じが全然変わっていないのがとっても嬉しかったわ~。
きっと忘れているはずなのに、懐かしそうに「憶えてるよ」と言ってくれるのも、嬉しかった。

「あー、いやだいやだ」と思いながら過ごした中学生時代も、大人になってみれば、必要な時間だったってことがよくわかります。
今、毎日がいやだいやだと思っている子どもたちにも、希望に胸膨らませている子どもたちにも、この本読んで、「そんなもんだ」と乗りきってほしいです。
 

しょうへいは、小学校に入って4年目、4人目の担任の先生と出会いました。
「新しい先生、どう?」と聞くと「ふつうじゃねえ(普通だよ、の意味)」との返事です。
でも、もしかして、今までの価値観をガラリとくつがえす先生かもしれないねえ。

  しょうへいくんへ  毎日を大切に生きてください。かあちゃんより

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2008年4月 2日 (水)

「阪急電車」

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

Hankyudensha

  阪急電車
  有川 浩
  幻冬舎

関西圏では大きな私鉄グループとなる阪急は、えんじ色の車体にレトロな内装が個性的な車輌を各沿線に走らせており走らせており、鉄道マニアの人気が高いことはもちろん若い女性からも「かわいい」と好評を博している。
(中略)
この物語は、そんな阪急電車各線の中でも全国的知名度が低いであろう今津線を主人公とした物語である。

こんな説明が、物語の前にあるおかげで、関西から遠すぎて、地名もぴんとこない東北人のかあちゃんにも「ふ~ん。そういう電車なのね~。」とわかってうれしい。沿線の地図が載っていると、もっとうれしかったんだけど。

かあちゃんは、旅行や出張意外で電車に乗ることはないめったにない生活をしています。
ドラマにありがちな、毎朝見かけるかっこいいお兄さんに恋をすることも、痴漢のおやじに遭遇することも、電車男に助けてもらうこともなかったなー。
でも、同じ電車に偶然乗り合わせた、だぶんもう二度と会うこともない人たちと、数分から数時間を一緒に過ごすのだから、不思議な空間だと思います。

この「阪急電車」では、今津線の8つの駅を乗り降りするお客「それぞれのドラマ」があって、どれも、当事者の視点とたまたま乗り合わせた人の視点で語られます。
そこに、知らない人同士なのに会話のあるときもあります。かあちゃんには、これが驚き!
もしかして、関西の人ってみなさんそうなんですか?
東北地方の電車の中では、どうなんだろう。
あー、電車通学だった友だちに聞いてみたい(あ、「電車」じゃなくて、「汽車」だったっけ)

本に戻りますと、電車はやがて折り返してきます。ここに出てくる乗客達は、お互い「たまに見かける人たち」で、前に乗り合わせたときからの時間の経過があり、変化が見えるしかけです。
「飛び出す絵本」とまでは行かないけれど、物語が立体的に膨らんでいる感じで、面白く読めました。

主人公の「阪急電車」は、乗客の数だけあるエピソードを、誰に語るでもなく、自分のお腹の中にしまって、毎日走っているんだな~。バラ色でもないけど、深刻で凶悪な大事件もなく、たんたんと過ぎていく毎日がしあわせなんだよな~という気持ちになるお話しです。japaneseteaホッとする時間を過ごせました。

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2008年3月29日 (土)

「家を出る日のために」

かあちゃんです。
こんな本読みました。

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家を出る日のために
辰巳 渚 著
理論社

理論社の「よりみちパン!セ」シリーズは、『学校でも家でも学べない、キミが知りたい、リアルでたいせつな知恵が満載!!』で中学生以上のすべての人のためのYA(ヤングアダルト)新書のシリーズで、本作品が収められています。

「家を出る日」といって、かあちゃんのような立場の人にぴったりなのは、「離婚」なのかなあ。
でも、この本で言う「家を出る日」は、子どもが「自立した生活を始める日」のこと。今日は3月末の土曜日、そんな日を迎えている子どもたち(若者たち)もいるかも知れませんね。

その日のためのイメージトレーニングと、実際に必要なもの、技術、「しっかりと誠実に暮らす」ことの意味が、わかりやすく語られる。
最後は「実技テスト」と「常識テスト」「筆記テスト」からなる「家出テスト」が用意されているので、試してみよう。
お母さん世代の著者から読者への「おせっかい」なのだそうだ。 

きっと、うちのお手伝いがなにも特別なことでなく、子どもも家の仕事を担っていた頃には、わざわざ、他人がこのような方法で「おせっかい」しなくとも、親から子へと受け継がれていくことだったんだろうなあ。

かあちゃんは、中学、高校生時代の自分のことを思い出すと、なんといっても「勉強すること」が優先され、うちのお手伝いが免除されていたような気がする。
お手伝いしないのはとても楽ちんだったけれど、「一人で暮らすこと」に思いを馳せることも、そのために必要な知識を知ろうともしなかったから、一人になったときに、その心構えすらなく、なんだか失敗したなーと、とてもつらかったことを、著者のあとがきを読みながら思い出して、涙がこぼれそうになった。また、そんな気持ちになったのは、かあちゃんだけじゃなかったんだということもわかって、少し嬉しかった。

以下、著者のあとがきより抜粋(184ページ)。

 さびしさと解放感とが混ざった複雑な気持ちで、ダンボール箱が積んである部屋でひとり片づけをつづけ、ひとつのダンボール箱を開けたとき、中から家で使っていた私の茶碗やはしが出てきた。湯飲みや急須も。そして、何合かの米や味噌と、お茶っぱの入った茶筒も。
 その時に、こらえていた涙がどっと出てきて、しばらく止まらなかったことをよく良く覚えている。私は、ひとりになったんだ。母は、どれだけ悲しかっただろう。これから、ひとりでやっていけるだろうか。茶碗やはしが必要なことにもいままで気づかなかったのに、ちゃんと暮らしていけるだろうか。いろいろなことが、頭に浮かんだ。

2才くらいの子どもが、なんでも「じぶんで」「じぶんで」と言い始めたときから、そのトレーニングは始まっているのかもね。
危なっかしくても、いらいらするほど時間がかかっても、「大人はじっと見守る」というトレーニングも。
いくらトレーニングをしたとしても、ひとりにならなければ気が付かないことがたくさんあることには、変わりないのだが…。

さて、うちの子どもたちにも、家を出る日のために、いろんな経験を重ねていってもらうための「何でもかんでもお手伝い作戦」開始だー!

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2008年3月27日 (木)

海馬 脳は疲れない

2002itoi  

海馬 
脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里/著
朝日出版社/2002

父ちゃんです。

脳の中で記憶をつかさどるところが海馬と呼ばれるところです。
脳の神経細胞は減る一方かと思ったら、海馬の神経細胞は大人になってからも増やせるそうな。
記憶力もどんどん良くなる、と言う。

読んでて、俺もまだまだ大丈夫だ、と思えて勇気が出てくる本です。

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そうだ、葉っぱを売ろう!

2007yokoishi          

そうだ、葉っぱを売ろう!
過疎の町、どん底からの再生

横石知二・著
ソフトバンククリエイティブ/2007

父ちゃんです。

徳島県上勝町。
おばあちゃんたちが葉っぱで稼ぐ町として、全国的に有名なところである。
その葉っぱビジネスの仕掛け人、横石氏による著書である。

おばあちゃんたちが、料理に添えられるつまものの葉っぱを出荷している。
売上高なんと2億6千万円。
人口約2千人の過疎にあえぐ小さな山村が、この彩(いろどり)事業でよみがえった。
おばあちゃんたちは、毎日働き元気そのもの。
病気になっている暇もない。
子どもや孫たちも帰ってきて、人口も増えているそうだ。

しかし、この町も30年前は、ひどい状況だった。
男は朝っぱらから大酒をあおり、女は日々他人の悪口をいう、どん底の町だった。
そこに、農協の営農指導員として横石青年が赴任した。

横石青年は、町民とケンカしながらも、がむしゃらに改革を続けていく。
その甲斐あって、農業の売り上げも伸びていく。
そんなある日、寿司屋で目にしたつまもののモミジの葉っぱを見てひらめく。
そうだ、葉っぱを売ろう!

一人の人間が新しい市場を開拓し、町全体で取り組み、町が再生していく物語。
それは、そのまま横石氏の半生と重なる。
文句なく面白く、まちおこしのための様々なヒントが得られる。
人を動かすには、自分ががむしゃらになって頑張らないとダメなんだ、ということが痛感させられた。

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5年3組リョウタ組

かあちゃんです。
こんな本読みました。

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5年3組リョウタ組
石田衣良 著
角川書店

石田さんは、現代社会の問題点をどんどん作品として発表されるので、なにを読もうか迷うほどです。
でもかあちゃん、実は初めて読んだ作品(内緒です)の中で、いかにも取材メモを写したみたいな、あまりこなれていない文章が少し気になって、それ以来読んでいませんでした。
ところが、うちで取ってる新聞の日曜版の1面の全部で、先日から「チッチと子」という石田さんの小説の連載が始まりました。
ひさしぶりに読んでみましたら、主人公が石田さんと同じ「作家」だからなのか、神楽坂(かあちゃんがこの秋から何度か通ったところ)に住んでいる設定に親近感を覚えるからなのか、お話しに無理がなく、とても読みやすかったのです。これから、日曜日の楽しみが増えました。

そんなこんなで、この「5年3組リョウタ組」を手に取りました。
本作品もまた、新聞に連載されていたようです(2006年中日新聞ほか)。

主人公の中道良太は25才。茶髪でシルバーのペンダントをして年輩の先生ににらまれることの多い小学校の教師。5年3組の担任を受け持った一年間に起こる事件に、リョウタは正面から向き合う。

リョウタの努める希望の丘小学校は100年の伝統を持ち、公立だが成績を重視する校風。5学年の担任はリョウタを入れて5人。リョウタの受け持つクラスは、成績がビリとバカにされるが、いつも成績をトップにする教師、染谷龍一はなぜかリョウタを信頼しており、仲良くなる。
二人は、事件解決のため、持てる力を出し合う。

エピソードは4つあるが、私は3つ目の「十二月 みんなの家」が好き。
リョウタのクラスの児童が関わる事件。
リョウタは、学校での記者会見に来たマスコミの前で涙してしまう。
その一生懸命さは、リョウタの好感度はグンとUPさせ、ヤンキー先生を意識しているのか?と思うような感じがして、私は少しひいてしまったけど、その事件後、クラス運営に子どもたちが主体的に関わるところが、とてもいいのだ。
子どもを信じてまかせるリョウタ先生も、子どもたちの熱意も、子どもを支える親の熱意も伝わってくるのだ。
うまくいきすぎ、と思うかも知れないけど、それを承知で読んでも、すかっと爽快。
そのまま突っ走っていって~run! と応援したくなる。

かあちゃんも「学校の問題は学校で解決して欲しい」と思っていた無責任な親で、転校してきた当初、しょうへいがクラスになじめないのは学校のせいだ!なんて、つい思ってしまっていた。
おやおや~ですね。

でも、「根っこ」は地面の下で、複雑にからみあっていて、表に見えるところだけを見ていても、正体はわからないのである。

で、5年3組リョウタ組を読んでいて気付いたことがある。
子どもたちを「束ねよう」とするから無理なのである。
押さえつけ、言いなりにさせることに終始していたら、なにも解決しない。
大切なのは、ひとりひとりを、ちゃんと見て、話を聞いて、語りかけること!
リョウタは、教育者としてもまだ駆け出しで、恋愛経験も少ない独身男なのに、その辺りをちゃんとわかっている。
リョウタのような先生が増えて欲しいと願いながら、読み終えた。

ところで、3月末はschool教育現場におられる先生方にとっても人事異動の時期。
しょうへいの担任で一年間お世話になった先生も、かあちゃんが図書館ボランティアでお世話になった先生も、揃って転勤が発表されました。
「5年3組リョウタ組」の感想もお聞きしたかったのに、お別れが残念です。
一年間ありがとうございました。
新任地でも、どうぞ、子どもたちの話に耳earを傾けてください。お元気で。

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2008年3月18日 (火)

タルト・タタンの夢

かあちゃんです。
こんな本読みました。

Tarutotatannoyume

タルト・タタンの夢

近藤史恵 著
東京創元社

ミステリーは、血なまぐさい感じという先入観があって、めったなことでは手を出さなかったかあちゃんですが、先日ここでご紹介した「サクリファイス」の著者、近藤史恵さんの「血の出ない」お薦めのミステリーがありますよ、と、お友達のmariruさんに教えていただき、読んでみました。ありがとうございます!

舞台は、「ビストロ・パ・マル」という小さなフレンチレストラン。パ・マルとは、フランス語で「悪くない」という意味なんだそうだ。
そのレストランの店長兼料理長の三舟が、鮮やかに謎を解明していく、7つの料理にまつわる小さなミステリーを、ホール係のぼく高築智行が語る、短編集。
初出はすべて、東京創元社のミステリー専門誌「ミステリーズ!」

私は、お昼直前に読んだので、おなかがグーグー鳴りそうでした。
丁寧に料理され、お客さまの前に差し出されるお料理の数々、それに合うワイン、最後を占めるデザートのデセール(お菓子)やフロマージュ(チーズ)。
どれ一つとして、食べたことがありませんが(笑)、本当においしそう~
著者の近藤さんは、きっと取材で、おいしいお店を食べ歩いたんだろうな~と、勝手に想像しながら、写真のない料理本を見ているように、読み進めていました。

7つのエピソードは、どれも、恋人、友人、兄弟などとの間に生じたちょっとした不協和音に、無口な三舟シェフが気付き、料理を提供しながらそれを解きほぐしていくというストーリ展開です。
おいしいお料理と、温かい人とのふれあいが感じられ、どのエピソードも、読み終えると、ホッとします。

これは、ぜひドラマ化希望ですね。
登場人物は、レストランのスタッフ4人と、お客様1~3名ずつと少なめです。
語り手である高築智行くんには、かあちゃんの一押し「小栗旬くん」で、お願いします。
ほかのキャストは、 ♪た~だい~ま考えちゅ~♪  です。

以下、高築くん以外のレストランのスタッフ3人の様子を、本文から抜粋します。
キャスティングの参考にして下さいね。

三舟シェフは無口だ。長めの髪を後ろで結び、無精ひげなど生やして、少し崩れたいい男といった風情なのだが、志村さん曰く、「あれは、武士をイメージしてやっているらしい」とのことである。(11ページ)

料理人の志村さん。男前の部類に入る男性だけど、身体は細いし、なんとなく線が細い印象である。(79ページ) 

金子さんは、<パ・マル>のソムリエである。まだ二十代後半、いさぎよいほど短く刈り上げた髪が印象的な女性で、ワイン好きが高じてOLを辞め、この店に勤めはじめたという。(10ページ)

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2008年3月17日 (月)

ライラの冒険 『黄金の羅針盤』

かあちゃんです。
こんな本読みました。

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ライラの冒険 『黄金の羅針盤』上・下

フィリップ・プルマン作
大久保寛 訳
新潮文庫

3月初めから公開されている映画の原作本です。
ファンタジーがブームになってからというもの、本屋さんには、ずらーっと似たように表紙のファンタジー本が並んでますね。
しかも、どれも結構分厚くて、読み始めるのに、ちょっと勇気が要ります。
かあちゃんには、「なんとなく手を出さない」コーナーでした。

でも、かあちゃんがこの秋から受講している読書に関するセミナーの中で、あの「文学賞メッタ斬り!」などの著書のある、辛口な書評で有名な豊崎由美さんが講師だった時、豊崎さんが「この頃のファンタジーなら、ライラはいいよね」とおっしゃったのです。
おー、何がいいのかはわからないけど、豊崎さんがいいというなら読んでみようか、とさっそく買ってきました。(そう思わせる豊崎さんって、凄いです)

「あ、ライラだ。この前、ちょっと立ち読みしたんだ。」と、まずしょうへいが読み始めました。
読み始めると止まりません。
ごはんの時間も、ふとんに入っても、しょうへいはずーっと読んでいます。
あっという間に、第1作を読み、「早く第2作(『神秘の短剣』上・下)買ってきてよ」とせかされ、とうとう今は、第3作(『琥珀の望遠鏡』上・下)の下巻を読んでいるようです。
相当気に入ったようですね。

じゃあ、そろそろかあちゃんも読んでみるか。
かあちゃんは、東京に行く電車に片道4時間近く乗るので、ちょうどいい。
しょうへいからは、主人公がライラという11才の女の子で、いつもダイモン(守護精霊)のパンタライモンと一緒にいることは、聞かされていた。

ライラが冒険の旅に出かけるまでのいきさつが、第1作の第一部(上巻の途中まで)。
なぜ旅に出かけたのか、とても危険な旅に出かける動機がしっかりと描かれています。
勢いでいっちゃった、みたいな、安直な設定ではないんですね。

ある時、ライラのおじアスリエル卿が、ライラの住むジョーダン学寮にやって来た。
アスリエル卿は、学寮長、学者たち、牧師に、北の国で撮影したオーロラや”ダスト”の映った数枚のスライドや、氷漬けの生首などを見せる。
アスリエル卿が再び、北の国へ行く資金提供をお願いするために。
学者達の会話にでてくることは、その時のライラには何のことかがわからない。
もちろん、読んでいる私にもわからない。
それらは、北の国に向かう旅(つまり、物語)が進むに連れて、次第にわかっていくのだ。

学寮長と司書は、アスリエル卿を見送ったあとに語り合う。
以下、抜粋する。

「ライラはこの件すべてにおいて、ある役割を果たす。しかも、大きな役割を。皮肉なことに、彼女は、自分がなにをやっているのかを知らないままに、すべてをやらなくてはならないのだ。(中略)あの子に北の国への旅などさせたくないものだ。せめて、そのことを話せたらいいんだが…」(59ページ)
「…裏切り者になるのは、彼女なのさ。その経験はつらいものになる。もちろん、彼女は、そうなることを知ってはならぬのだが…」
(中略)
「若者のために心配するのは、年よりのつとめですよ。」
「そして、若者のつとめは、年よりの不安を笑いとばすことです。」(60ページ)

なにが起こるのか、全然わからない時点での、この会話。
読まずにいられなくなるわけです。

やがて、ライラは、親友のロジャーが人さらいにさらわれたことを知る。
その頃、ライラは、学寮長から、素敵な女性学者コールター夫人の助手になり、ジョーダン学寮を離れて暮らすことをいいわたされる。その時、金とガラスでできたずっしりと重く羅針盤に似た「真理計(アレシオメーター)」を手渡され、「だれにもいうんじゃないぞ」と念を押された。

これで、ついに、ライラは黄金の羅針盤を持ち、さらわれた子ども助けるために北の国へ旅に出るのだが、それには、まだまだ多くの人と出会いがあるのだ~。
(なかなか前に進まない紹介ですみません。でもこの先は、どうぞ、読んでみて、やめられないとまらないを、味わって下さいね)

ところで、いつも一緒のダイモンについてです。
・ダイモンは人間なら誰にでもいる(クマはダイモンを持たない)
・ダイモンは、動物の姿をしているが、人と話しをする。
・人が子どもの頃、ダイモンはいろいろ姿を変えるが、思春期を過ぎ、大人になると、姿を変えなくなる
・他人のダイモンに触れては行けないし、話してもいけない
・その人が死ぬと、そのダイモンも死ぬ
・人とダイモンは離れると不安になる、苦痛を感じる、生きる気力を失う
などなど…
ダイモンって何だろう?と考えると、おもしろいです。
思春期以降、決まってしまうというところが、思春期の不思議を知りたいかあちゃんには、とても興味深い。

映画のHPで自分のダイモン占いができますよ。ダイモンのところをクリックです。暇なときにお試し下さいね。

しょうへいに「今ここを読んでる」と報告すると、「あ~、あれがこうして、どうするところだね。」と、登場人物の名前もすらすらと、解説してくれます。
「あ~、それ以上はいわないで~」って、いわないと、延々話し続けるしょうへいです。

さて、しょうへいは、もうすぐ春休み。
映画「ライラの冒険」が観たいそうだ。
「あれが、映画になったら、どんな風になるのか、確かめたいんだー」と、生意気にも、私が思ってることと同じことを言ってます。
原作を先に読むと、映画が自分の作り上げた世界と違っていて、がっかりすることも多いけど、映画は映画と割り切って、楽しむといいんでしょうね、きっと。

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2008年3月 5日 (水)

理解という名の愛がほしい

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理解という名の愛がほしい
-おとなの小論文教室。Ⅱ

山田ズーニー 著
河出書房新社/2006

父ちゃんです。

山田ズーニーさんの著書は何冊か紹介したので、あと紹介するのは止めておこうと思ったのですが、今回は書かずにはいられません。
本書は、「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載中のコラム「おとなの小論文教室。」からの2冊目です。
読み始めるとやめられなくなり、一気に読んでしまいました。
ズーニーさんの言葉は、いつも心の深いところに響くのですが、今回は心をわしづかみにされた感じで、気が付くと涙がぼろぼろ出ていました。

今回のテーマは、ずばり”愛”!
愛の連鎖について、深く考察しています。

自分の身に照らしてみると、自分は時折子どもに対して、ひどく冷淡な態度を取ることがあり、その態度を取ったあとはひどく自己嫌悪に陥ります。
それは一体何だったのか?
ああ、そうか。
お腹がすいていたんだな。

愛情というのは、ごはんと同じで定期的に与えられないとお腹がすいてしまう。
そして、お腹が満たされていないと、人にも分けられない。

この辺りの考察は、本書を読んでほしい。
本書からも愛を受け、もっと人に優しくなれるような気がする父ちゃんです。

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2008年2月24日 (日)

サクリファイス

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

Sakurifaisu  

サクリファイス 

 近藤史恵

 新潮社

お友達のmariruさんご紹介の本です。

今年の本屋大賞のノミネート作品。
ご紹介していただいてから、すぐに図書館に予約して順番を待っていました。
先日ようやく予約の割り当てになり、読み始めると…、読むのを止められなくなりました。
次から次へと、大事件が起こるわけでもないし、むしろ淡々とお話しが進んでいくのに、どんどん読んでしまいました。
途中しょうへいから「一緒にねてよ~~~」とせがまれたのも、「悪いけど、今夜はダメなんだ」と断ったほど。

自転車のロードレースのプロ選手、白石誓(しらいしちかう、通称チカ)が物語の語り手。
高校まで、陸上の中距離走の選手で、オリンピックも狙えると期待されていたが、速く走ることの意味がわからなくなり、ロードレースの世界に入った。
そんなチカの所属するチーム・オッズの試合中、事故が起こる。
なぜ起きてしまったのか、防ぐ手だてはなかったのか…

その、始まりも謎解きも衝撃的でした。
読み終わってからタイトルを読み返すと、やっぱり衝撃的なタイトルだった(ちょっと大げさ?)。
スポーツを題材にした小説を、去年あたりから何本か続けて読んだけれど、読み終わって、こんなにも、心がぽっかりと空いてしまったのは、これが初めてでした。

それはなぜだろう?

ミステリーだったから?

それとも「スポーツ」=「爽やか」という、感想だけでは収まらないものがあったから?

スポーツマンが、スポーツという勝負を前に、体力の限界に向かう肉体的な過酷さに加え、勝つことに対する執念や成功への欲望も、嫉妬や憎しみなど、人には隠しておきたいさまざまな感情を心の中に持つのだということが、この小説に淡々と描かれています。
また、それらの感情は、学生のスポーツとは違う、プロのスポーツマンである厳しさから生まれるものなのだろうとも思えました。

しかし、「他のチームメイトの努力のおかげで自分が活躍できるのなら、自分はチームのために精一杯の努力をするのだ」というような、団体競技の「精神(決意)」は、「犠牲(サクリファイス)」なのだろうか、という私の読後最初の疑問には、しばらく考える時間が必要です。
「犠牲」ということばから受ける印象が、とても強いものだからか、どう解釈するのがいいのかわからず混乱しています。まだ、すっきりとした答えはまだ出ないけれど、「犠牲を無駄にしてはいけない」というメッセージは伝わっています。

mariruさん ご紹介ありがとうございましたhappy02

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2008年2月18日 (月)

物語が生きる力を育てる

かあちゃんです。
こんな本を読みましたhappy01

Monogatarigaikirutikarawosodateru 物語が生きる力を育てる

 脇 明子 著

 岩波書店

「読む力は生きる力」の続編です。

以下、はじめに より抜粋です。

  今私が、以前にも増して確信しているのは、、子どもたちがちゃんと育つことこそが大切なのであって、本が読まれること自体が大切なのではない、ということです。(中略)子どもがちゃんと育つために必要なのは一にも二にも実体験だということです。
(中略)
  子どもの発達にとって不可欠な二つのこと、すなわち、身体を使って世界を探索することと、まわりの人たちとコミュニケーションをとることとは、密接にかかわり合っており、その両方が保証されてはじめて人間的知性が身についてくるといっても過言ではないのです。
(中略)
  物語による仮想体験にも、場合によっては、実体験では不足するものを補う力があります。それどころか、質のいい物語には、いまの子どもたちから人間らしい輝きを奪っている社会状況そのものを動かしていく可能性さえ秘められているのです。
  ただしそれには、物語とのつきあい方、本とのつきあい方が問われます。どんな物語でもいい、どんな本でもいい、どんな読み方でもいいというわけにはいきません。
(中略)
  子どもたちはメディアの過剰な刺激のなかで、知らないうちに人間的知性を奪い去られようとしています。そんな子どもたちを本当に支え、力づけてくれるのは、いったいどんな本、どんな物語なのでしょう。

 私がいま受講している読書推進のための講座で、「こんな方には、あなたは、どうアドバイスしますか?」という設問のレポートを作成しました。
 アドバイスを求めているのは、小6の男子と中2のの女子のこどもを持つおかあさん。「うちの子たちは、全然本を読まない。どうしたらいいでしょう。」というのが、相談の内容です。

 私は、「思春期に差しかかった子どもに『読め』といっても絶対拒否されるのがオチだから、お母さんが楽しく読書する姿を子どもに見せるといいのではないか、そのうちに、子どももつられて、何か読みにはじめたら、見守りましょう」 とアドバイスするという趣旨でレポートをまとめました。

 「物語が生きる力を育てる」を読み終え、「本なら何でもいいわけじゃない」という点について、私は、考えが甘かったことを痛感しました。未読の段階で作成したレポートとはいえ…片手オチなアドバイスでした。
 でも、やっぱり頭をかかえることは、「読め」といっても読まない子どもを、本に近づける方法がわからなければ、どんなに「いい本」を読んでほしい、そんな本は読まないでほしいわ、などとと願っても、「親の心 子は知らず」だということなのですが、それに対して、著者は次のように考えておられます。以下、要約です。

 
 小さい子はもちろん、大きくなった子、もちろん大人にも、物語を読んでもらう「耳からの物語体験」がよい。「耳からの物語体験」なら、短い時間のうちに、感情体験をし、想像力も思考力も働かせることができるのです。
 また、子ども時代にたっぷりおはなしを聞き、読んでもらい、読書を楽しんで来なかった大人でも、子ども時代に味わっておくべき喜怒哀楽をろくに体験していなかった大人でも、優れた児童文学を味わうことで、遅ればせながら、豊かな喜怒哀楽を育むことができるのです。

 

このことは、読書家でなかった私のコンプレックスを取り除いてくれました。
 「遅すぎると言うことはないのだ」と、背中を押してもらった気分です。
 
 先日提出したレポートに、ぜひこの部分を書き加えたかった、と思いながら読み終えました。
 

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2008年2月17日 (日)

医学のたまご

かあちゃんです。
こんな本読みましたhappy01

Igakunotamago 医学のたまご

海堂 尊 著

理論社

著者は、あの「チームバチスタの栄光」の海堂さん。
理論社の「ミステリー YA!」に収められています。
たまごがかわいいイラストで、ページ数もたまごの中に書いてある。
え?携帯小説なの?と見まごう、今どきな「横書き」を採用し、血みどろな、血なまぐさい殺人や死体とは無縁の、中高生に向けて書かれた医療現場のミステリー。
この頃ようやくミステリーに馴染んできた母ちゃん。
一気に問題が解決するときの、謎解きのスピード感dashがたまらない~~。
一気読みbookの充実感も、またよろしい。

ぼくは中学1年の曾根崎薫。
お父さんは、世界的なゲーム理論学者で、今はアメリカのマサチューセッツ大で過ごしている。一緒に住んでいないけど、お父さんとは毎日メールのやりとりをしている。
そのぼくが、文部科学省が行った潜在能力試験で、全国で1位になった!
それもそのはず。
その問題は、お父さんがぼくに相談しながら作ったんだから。
でも、そのせいで、ぼくは中学生医学生として、中学校に通いながら、東城大学で医学の研究をすることになってしまった。
当然のことながら、医学hospitalなんてちっとも判らない。どうすんだ!!

中学の同級生で医学おたくの三田村と、幼なじみの美智子が、ぼくのブレーンになってくれているし、中学の勉強は、大学の研究室の桃倉さんが見てくれるから、どちらもなんとかなっている。
大先輩のスーパー高校生医学生の佐々木さんは、なぜだか冷たそう。
総合解剖学教室の藤田教授は、人当たりがいいんだけど、誰よりも速く成果を上げることに情熱を燃やしている。自分の都合に合うようにマスコミを利用するし、実はくせ者?
そんな個性的なキャラクターたちとの、危うい二足のわらじ生活で、だんだん見えてきた大人社会は…。

お父さんのメールには、朝食のメニューと独り言のようなメッセージ。
その時は、なんだかわからないけど、あとになって、じんわりとその意味がわかってくるところがみそ(だからミステリーって、おもしろいんですよね!)
「ムダにはムダの意味がある」「エラーは気づいた瞬間に直すのが、最速で最良だ」などなど、お父さんのつぶやきは、聞き逃せない。
遠く離れて暮らしているけど、お父さんは、ちゃんと薫のことを守ってくれています。

ちょっと大人が手を掛けすぎ?と一瞬思う場面もあったけど、もともと大人の都合が引き起こしたものだし、無理矢理、大人社会のいざこざに巻き込まれた薫が、気の毒だったわけで…。
その中で、自分の行動に責任をとった薫は、大したものです。

「たまご」は、思春期真っ只中、「自立」訓練中の中高生の子どもたち。
この作品は、彼らに向けた「いつも見守っているよ」、「困ったら頼っておいで」という親の(大人の)メッセージなのですね。
また、著者のあとがき「感謝の言葉と未来への言葉」には、将来の仕事選びに参考になることも、記されています。最後のひと言まで、もらさず読むことをおすすめします。

ところで、うちの母によく言われたのは、「親の話と茄子の花には、万に一つの無駄もない」という格言でした。

これが母のオリジナルなのかどうかは不明です。

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2008年2月 7日 (木)

十歳のきみへ

かあちゃんです。
こんな本を読みました。

Jissainokimie 十歳のきみへ
~九十五歳のわたしから

日野原重明

冨山房インターナショナル

うちのしょうへい、今度の誕生日に十歳になります。
かあちゃんの言うことは、絶対に聞きたくないお年頃。
かあちゃんも、しょうへいに対して、なかなか冷静に関われないお年頃。

日野原重明氏は、九十五歳で現役の医師。
ご自身の子育ての時期は、仕事優先だったと書いていらっしゃいます。
ある時期から、子どもとの対話が嬉しくて、機会があれば、小学校などで講演をなさるようになったそうです。
この本は、日野原さんが、十歳の子どもと会話をしているつもりで書かれています。
その途中に、心に留めておきたいことばが、ちりばめられています。

 からっぽのうつわのなかに、いのちを注ぐこと。
 それが、生きるということです。

 生まれてきたことは、
 それだけですばらしいことです。

 いいときも、わるいときも、家族はいっしょにいる。
 そこが、家族のすごいところです。

 
子どもたちが、実際に日野原さんにお会いしておはなしを聞いたなら、そのお話しはどんなに心に染みるでしょう。
この本を読んで、直接おはなしを聞いた気分になってくれたら、と思います。

本当は、人生のでこぼこをどう歩いていったらいいかなんて、実際のでこぼこに出会ってみないと、わからないものです。
でこぼこで、立ち止まったときに、「いつか読んだ日野原さんのおはなし」を思い出して納得するかも知れませんね。
人生の大先輩のことばは、あとからじんわり効いてくると思います。

こちらの本は、お友達のmariruさんに紹介していただきました。
ありがとうございます!mariruさ~んhappy02

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青年のための読書クラブ

virgoかあちゃんです。

こんな本読みました。

Seinennotamenodokushokurabu 青年のための読書クラブ

桜庭一樹

新潮社

私立の女子校(お嬢様学校)聖マリアナ学園にある「読書クラブ」に代々記録され、密かに保管されている「クラブ誌」。それをひもとくと、学校の正史には残されなかった事件が明らかになる。そして、時は流れ、来年から共学化されるという年の文化祭の日、部室のあった建物が倒壊する。クラブ員、クラブ誌はどこへ行くのか…

舞台は女子校。女子校の独特な雰囲気は、女子校出身のかあちゃんには、とても懐かしい。
あははは~happy02と大笑いしながら、やや大げさな記述で書かれたこの小説を読み進めた。

女子高には男子がいないから、ボーイッシュな女子は必ず、その代理の「あこがれの人」として、黄色い声援を浴びるって、聖マリアナ学園じゃなくても、地方の公立女子校だって、同じだわ!え、40年昔も現代も、そうなの~?!変わらないのね。やっぱりね~。
あ~、好きなことに没頭している人たちは、興味のない人から見れば「おたく」と映るけど、当の本人にとって、そんな評価は全く関係ないから。ひたすら、好きなことに没頭する。ひたすらね。男子の目がない分、「ひたすら」のレベルもupしているんだし。
それが、女子校virgoなんだよなー。
あー、なんて、自由で、のびのびとしていたものかしら。ふー。
なのに、なんで、共学化してしまったの?
あの校門から、学ランの男子denimが出てくるのを見ると、まだ違和感があるのよね~

という、とっても偏った青春時代を送ったかあちゃんには、「とってもよくわかる世界」でしたが、一般的な共学校で高校時代を送ったみなさんや男子校だったという方々は、どうなんでしょう。
ぜひ、感想をお聞かせ下さい。(感想って、女子校の? はいはい)
本の内容にはちっとも触れずにすみません。

ちょっと補則。
桜庭一樹氏は、「私の男」で第138回直木賞を受賞しました。
だから読んだわけではないんです。
「青年のための読書クラブ」が、「2008大学読書人大賞」(注1)候補作品の一冊にノミネートされているからなんです。

注1)
今年創設されました。大学文芸部員が大学生に読んでほしい本を選ぶ「大学読書人大賞」。
活字が大好きな大学生の文芸部・文芸サークルの有志グループが全国の大学の文芸サークルに呼びかけ、最近1年間に初版の発行された本の中から「大学生にぜひ読んでほしい本」を投票してもらい、得票上位5作品を「2008大学読書人大賞」候補作品としてノミネートしています。
他には
 「塩の街」有川浩 著、メディアワークス
 「人類は衰退しました」田中ロミオ 著、小学館
 「1000の小説とバックベアード」佐藤友哉 著、新潮社
 「幼年期の終わり」クラーク 著、光文社

5月の連休には、東京の会場で、大学生が公開討論会をしたり、イベントが催されるようです。
それまでに、とりあえず、この5冊読んでみようかな~と思った次第です。

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2008年2月 2日 (土)

キズ・ヤケドは消毒してはいけない

2008natsui 痛くない! 早く治る!
キズ・ヤケドは消毒してはいけない
「うるおい治療」のすすめ

夏井 睦/著
主婦の友社/2008

父ちゃんです。
怪我をしてキズができたとき、消毒をするのは常識!と思っていましたが、この本を読んで、その考えを改めさせられました。
著者は、消毒は要らないばかりか有害だ、とまで言っています。
消毒薬は、バイ菌だけでなく正常な細胞まで破壊するから、だそうです。

じゃあ、どうしたら良いか?
そこで登場するのが「うるおい治療」。
方法はいたって簡単。
ケガしたときには、
1.水道水で傷口をよく洗い、
2.水分を拭き取って、
3.ラップに白色ワセリンを塗り、
4.傷口に貼って、テープでとめる、
5.その上から包帯を巻く、
6.1日1~3回キズの周囲を洗って、2へ。

この方法で、痛くなく、早く治癒するそうです。

軽いヤケドもこの方法でOK!
ヤケドの場合は、とにかく冷やしてから。

手荒れも、白色ワセリンを1日に何回か手に塗ると治るそうです。
クリームは、界面活性剤が入っているから、実は逆効果だそうだ。

ふーん。試してみたいものだ。
早くケガしないかなー。

著者のサイト「新しい創傷治療」は、こちら。
http://www.wound-treatment.jp/

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2008年2月 1日 (金)

風に舞いあがるビニールシート

かあちゃんです。
こんな本読みました!

Kazenimaiagarubinirusiito 風に舞いあがるビニールシート

森 絵都 著

文藝春秋

「器を探して」「犬の散歩」「守護神」「鐘の音」「ジェネレーションX」「風に舞いあがるビニールシート」の6編が収録されている短編集です。

うちで購読している新聞に、森さんは、犬の里親のおはなし「君と一緒に生きよう

を連載しているが、かあちゃんは、犬(ペット全般)にはあまり興味がないので、熱心な読者ではありません。今回「犬の散歩」を読んで、新聞の連載も納得できました。次回からは興味を持って、読めそうです。

「守護神」は、(今の私も「お願いしたい!」と思っている)レポートのゴーストライターと、社会人学生のおはなし。
「組織にしばられている社会人学生のためにだけ力を貸す、という信念の、謎のゴーストライター、ニシナミユキ。」
ってことは、かあちゃんは、対象外?
もう、組織からフリーなかあちゃんは、何にしばられているか、と考えた。
 夕方だ!ご飯をつくらねば…、夜はあのTVドラマを見なければ…
前者は、基本的生活時間の中のことだし、後者は、別に見なくても~程度のもの。
強力にしばられはいないのに、いつも、ゆるゆるとしばられているような気がする心境は、どこから来ているんだろう…。

表題作「風に舞いあがるビニールシート」は、国連難民高等弁務官事務所で働く女性が主人公。
難民問題。多くの子どもたちが犠牲になっているという報告はTVや絵本でも取り上げられているのに、知るのが怖くて、積極的に目を向けていないのが、かあちゃんの現状。
「まず、知ること」と、肝に銘じます。
おはなしのラストに、涙がじんわり。
人の温もり、人とのつながりの中で生きていけるってしあわせだな~と感じ入りました。

森さんの作品を読むのは、「カラフル」に次いで2作目なので、作風などはまだちっともわからないのですが、コミカルだったり、社会派だったり、それに、文学も芸術もかなり専門的に深い。
おそらく膨大な取材を元にしているのだろうけど、「ことば」が作品の中で浮いてる感じが、まるでありません。その苦労を感じさせないのは、さすがです。

さて、次は何を読もうかな~

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2008年1月11日 (金)

鹿男あをによし

かあちゃんです。

1月から始まるドラマの原作本です。今年はじめて読んだ本です。
Ssikaotokoawoniyosi_2   鹿男あをによし
万城目学
幻冬舎

舞台は、奈良。
表紙のイラストにある鹿と朱色の柱の門は、奈良に関する知識が乏しい私が持ってる「奈良」のイメージそのもの。こういうのをベタっていうんでしょう。
ついでに、単純な私は、奈良出身で研究員だった、元同僚Hくんを思い出しました。
H君が、鹿せんべいを「不味い!」っていっていた話とか、「三笠」という大きなどらやき?があるんだという話とか、たわいのない話を、ぼんやりと思い出しました。

さて、「鹿男あをによし」。
「きみは神経衰弱だから、少し大学の研究を休んで、奈良で女子校の先生をしてみないか。悠久の都で心を休めるにはちょうどいいよ」と、夏休みの終わり近く、教授は言った。
そして、9月半ばに女子校の常勤講師になった「おれ」。
女子高生は手強いし、やはり、教師は、神経衰弱の人間にできるほどやわな仕事じゃない。
「おれ」はある日、やけにうまそうに食べる鹿につられて、「鹿せんべい」を食べてみた。
「どうしよう。意外とうまい。歯ごたえもなかなかよい。いよいよおいしい」
誰にも見られていないはずだったのに、翌日、学校の黒板に「鹿せんべい、そんなにうまいか」の落書き。
「おれは本当に神経衰弱になってしまう」と思っているところに、二頭の鹿が近づいて「さあ、神無月だ  出番だよ、先生」としゃべったのだ!  なにい?!

と、こんな風に始まる。
やがて、おれに嫌がらせをする女子高生堀田が、おれが顧問をする剣道部に入ってくる。
京都と大阪の姉妹校との交流試合で勝つことが、おれと堀田を繋いでいる。
でも、なぜ、そんなに堀田はがんばっているのだ?

剣道の試合の場面は、剣道を全く知らない私にも、手に汗握る、緊迫感。
「酸欠になるから、面をとれ!」ってどんだけ激しいスポーツなんだろう、剣道って。
そのあたり、スポーツに賭ける青春小説のようでもある。
が、やっぱり、鹿がおれに下した命(めい)の謎をといていくミステリーである。殺人事件が絡まないミステリーである。
どうして「おれ」はしゃべる鹿の話を無視できずに、使命を果たそうと駆けまわるのだろう、と深く考えずに、このミステリーに身をまかせることができるのは、不思議だが、おもしろい。
いつも、かりんとうを勧めてくれる同僚の藤原君、下宿のおばさん、おばさんの孫の重さん、マドンナと呼ばれる京都の女性教師、リチャードと呼ばれる教頭、無骨な大阪の教師といった魅力的な登場人物達と、唐突な神に仕える動物たち。
どんでん返しの後にも、深まる謎。解決の道はどこにある?

さすが舞台が「奈良」というだけあって、神無月には神が出かけるような神話も、卑弥呼も、勾玉も、遺跡から発掘される鏡も、ナマズが暴れて地震が起きることも、狐が化けることも、時代もジャンルもバラバラなものが、どんどん絡んでくるストーリー展開に、ぜんぜん違和感がないものだ。
「奈良」ナラデハネ~と妙に納得しながら読みすすめたが、そこは、「奈良」だからなのか、作者万城目氏の力業なのか。(もちろん後者でしょうね。奈良のみなさん、ごめんなさい)

ドラマも楽しみです。
ドラマでは、リチャードと呼ばれる教頭を児玉清さんが演じるようですね。
原作中、「リチャード」のあだ名は、アメリカの俳優のリチャード・ギア似だからという設定だが、どっちかというと、ヨーロッパの古城に暮らす貴族の雰囲気を持つ初老の紳士というイメージかな、児玉清さんなら。うふふ。さえない「おれ」を演じる玉木宏さんもどんな感じかしら。

ドラマには、きっと原作とは違う楽しみがあると期待しています。

 

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2007年12月25日 (火)

17歳は2回くる

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17歳は2回くる-おとなの小論文教室。Ⅲ
山田ズーニー/著
河出書房新社/2006

父ちゃんです。

「ほぼ日刊糸井新聞」に連載していた「おとなの小論文教室。」からの3冊目。
この「おとなの小論文教室。」は、ときどき読んでいて好きなコラムだったけど、こうして一冊にまとめられたものを読むと、山田ズーニーさんの主張が真摯に伝わってきます。
ズーニーさんは、これでもかというくらい自分をさらけだしていて、読んでいて痛々しいくらいです。
それだけに、ズーニーさんの言葉は、心の深いところに刺さってきます。

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2007年11月13日 (火)

チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光
海堂 尊
宝島社
2005年 第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品

かあちゃんです。
バチスタってなに?
なんだかややこしそうな話だなあ。
ミステリーって、なんだか血なまぐさそうで、苦手だし…と、以前は話題になっても読もうという気になりませんでした。
TVドラマ「医龍」も、リアルタイムでは見ていなかったので、ぴんとこなかったのかも知れません。

さて、10月から「医龍2」が始まるのに先立ち、「医龍」の再放送がありました。
試しに見てみると、おやおや、絶対失敗しない黄金の腕と抜群の判断力を持つ、体も鍛え抜かれ、かっこいい朝田龍太郎先生が大活躍。音楽も映像もスピード感溢れ、おもしろかったー!
もちろん「医龍2」も毎週見ています。
おかげで「バチスタ」など、たくさんのカタカナの医学の専門用語も耳慣れてきました。

読むなら今かな?と、もう一度、「チーム・バチスタの栄光」を手に取りました。
著者が現役のお医者さんだそうで、さすがに、現場の描写は説得力があります。
医局の権力争いのどろどろというテーマとは全然違う、ミステリー。
連続する術中死は殺人なのか?犯人はだれか?を追うお話し。
私には、最後の最後まで先が見えなかったので、「え?なに?どういうこと~?」と、ぐいぐいと引きこまれ、そのスピード感は、TVドラマの比ではありませんでした。
おやおや、だんだんTVの「医龍」の手術シーンがウソっぽく見えてくるから不思議です(でも、やっぱり見てしまうけど)。
本も、食わず嫌いをせずに、「読んでみる」って、大事なのね~と思えた一冊でした。

先日、本屋さんで文庫になって並んでいるのを見ました!

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2007年10月18日 (木)

あの人と和解する

あの人と和解する
-仲直りの心理学

井上孝代・著
集英社新書/2005

父ちゃんです。
先週の研修で薦められた本。早速読んでみました。

AとBが対立しているとき、通常解決方法としては、4つあります。
AとB双方があきらめる、Aの要求を受け入れる、Bの要求を受け入れる、AとB双方の妥協点を見いだし手打ちにする、の4つです。

しかし、これらの方法は解決後も不満がくすぶっていることになります。
そこで、出てくるのが本書で提案するトランセンド法。
このトランセンド法は、AとB双方の要求が満たされる画期的な方法なのです。
詳しくは、本書を読んで下さい。

と、言うと消化不良をおこしますので、少しだけ説明します。
表面上の対立点は、実は本質的な対立点では無かったりする、という前提で物事を考えます。
本質的な欲求は何か、それを突き詰めることで、AとB双方が納得できる解決法を見いだすやり方です。

例えば、大学卒業後の進路で対立している父と息子の事例。
息子は、NGOで働きたい、と言う。
父は、そんな危ないところはやめて、普通の会社に入れ、と言って対立している。
息子の気持ちは、自分の夢を実現させたい、ということ。
父が強行に反対する背景には、自分が昔、事業で失敗したことがあり、お金で苦労した経験があり、自分の子どもにはそのような思いをさせたくない、と思っている。
また、NGOに対して、命の危険をさらすイメージを持っていることがあります。
このような背景をつきとめ、それを双方が理解することにより、和解への道筋がつけられます。
この事例では、結局、息子がNGOに就職することになったのですが、これは息子が父の持っているイメージ(危険である、金銭的に不安定)といったイメージを払拭することにより、父の理解が得られたことによります。

このように、表面上の対立点の背景にあることを探ることにより、和解への道筋を探り、対立点を超越したところに解決点を見いだすことから、超越法とも呼ばれます。

読後、もっと早くこの方法を知っていれば、と思いました。
これ以上は、支障があるので言わない。

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2007年9月24日 (月)

風が強く吹いている

かあちゃんです。
この夏、「陸上競技」がテーマな小説を続けて読みました。

Kazegatuyokuhuiteiru_2 第2弾は、箱根駅伝を走り抜けた10人の大学生の物語、三浦しをん著「風が強く吹いている」(新潮社)です。

何度も、白状してきたように、かあちゃんは今まで、陸上競技には全く興味が無く、もちろんお正月の 箱根駅伝も、今まで一度も見たことがありません。
「マラソン(もちろん駅伝も)のTV中継を必ず見る」というかつての上司の、その次の日の興奮ぶりに、いつも共感できずにおりました。

舞台は、ぼろアパート。同じ大学に通う10人の住人(あはっ!)が、無謀にも箱根駅伝を目指して練習を積み重ね、ついには、出場を果たすまでが前半。ついに迎えた箱根駅伝の2日間が後半。
前半部分、かあちゃんは10人のキャラクターをなかなかつかめず、だんだん面倒くさくなったりして、なかなか読み進みませんでした。10人のむさ苦しい男たちは、ひたすら走り、「恋愛」という青春の甘い部分を、見事に無視した数ヶ月を送ります(もしかして、学生時代の殆どが女の子とは無縁だったとも思われる)。恋愛小説好きなかあちゃんには、とても気の毒でしょうがない展開です。そのおかげで(?)「そんなにうまくいくもんかね~」と思うくらい、ほとんどシロートな彼らはタイムを上げ、箱根駅伝出場の切符を手にします。

そして後半部分、たすきを受け取り、自分の持ち場を走りながら、色んなことを考えちゃう10人がそれそれに魅力的で、ぐいぐい引き込まれました。みな魅力的だが、彼らのお世話をするかわいい女の子が自分を応援する様子を見て「もしかしてぼくのこと好き???」なんて、やっと気付いたのはいいけど、走っている間中そのことばっかり考えてて、レース展開を全然忘れてたー!なんておばかさんが、かあちゃんは好きです。

そして、他の9人をその気にさせて、箱根駅伝出場という快挙を果たしたハイジ(もちろん男)は、無言実行ぶりが天下一品。「できすぎ君」なキャラクター。有言不実行をいつも反省するかあちゃんには、とてもとても信じられない「我慢強さ」で、びっくりでした。
恋人には向かないかも知れないけど、結婚相手には、いいかもね~。

今度のお正月は、箱根駅伝見てみようかな…、とふと思ったかあちゃんです。
この情熱は、あと3ヶ月くらいは持つかしら。
(え?あと3ヶ月で、もうお正月かー?! はやっ!)

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2007年9月22日 (土)

影との戦い ゲド戦記Ⅰ

1967guin

影との戦い
ゲド戦記Ⅰ

ル=グウィン 著
清水真砂子 訳
岩波書店/1968

父ちゃんです。
このところ、映画「ゲド戦記」に対する酷評や清水真砂子さんの講演記録を目にする機会があったので、改めてゲド戦記に対する興味が湧いてきました。
と言うわけで、いまさらながらゲド戦記です。

物語は、ゲドの少年時代から始まります。
類い希なる力を持った少年は、偉大な魔法使いのオジオンの弟子となり、その後、ロークの学院で学びます。
魔法使いとなったゲドに、襲いかかる影。
影の正体は何か。
そして、影との戦いの結末は。

全般的に暗いトーンで物語が進んでいきます。
思春期の少年の不安、怒り、高揚感といったものが見事に描かれ、ゲドの成長に読者は付き合うことになります。
読み始めたら止まらない。
ゲド戦記を読むと、ハリーポッターの何と薄っぺらいことか。

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2007年9月 4日 (火)

一瞬の風になれ

かあちゃんです。
ちょっと前から「読みたいなー」と思って、図書館に予約していたところ、この夏、私にも順番が回ってきました。
Isshunnnokazeninare_2 一瞬の風になれ
 1 イチニツイテ
 2 ヨウイ
 3 ドン
佐藤多佳子 著
講談社

物語の主人公「神谷新二」が、神奈川県の公立高校の陸上部に入部してから3年の高校総体の予選大会までの、汗と涙と悩みと家族と友情と信頼とちょっぴり恋愛の「走る日々」が、彼の言葉で語られています。

3巻の長編でしたが、話し言葉で書かれているので、かあちゃんにもすいすいと読めました。

・陸上は「孤独」な競技だと思っていたのは、大きな誤解だった。監督やチームメイト、家族との信頼関係が土台にあるんだもの。
・うまくいかないことばっかりだけど、うまくいかないから、人は悩むし、考えるし、動いてみるし…それがたくさんある分、うまくいったら感動が大きい。
・キツイ練習で体が壊れそう、プレッシャーで心がバラバラになりそう、そんな極限のつらいところも、経験してみないと、「やったー!」の爽快感は味わえない。そしてそれを一緒に感じられる仲間がいたら、最高に幸せ。

「スポーツでも、音楽でも、何でもいいから、とことん打ち込んで寝食を忘れるような体験をしないうちに大人になってはいけないよ~!」と改めて思うかあちゃんでした。
そして、いつもおもうけど、本を読むって実際に体験できないことも、体験できちゃうから、おもしろい。

ちょうど、かあちゃんがこの本をどんどん読んでいる頃、TVで「世界陸上」をやってました。
いままで、汗くさくて、ホコリっぽくて、苦しそうで、ただでさえ暑い真夏の夜にどうしてTVで「世界陸上」やってるの?くらいにしか思ってなくて、見たこともありませんでした(すみません)。
でも、丁度三巻目を読み始めた頃、「一瞬の風」になるアスリートを見たい!と意気込んでTVをつけてみました。「世陸」も終わる頃で、ちゃんと見られたのは、やり投げと三段跳びでしたが。
見てびっくり!彼らは本当にかあちゃんと同じ作りの人類なのか…?
人の体の持てるパワー、可能性ってすごいんだなあと、度肝を抜かれた夏の夜でした。

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2007年8月28日 (火)

生物と無生物のあいだ

2007fukuoka

生物と無生物のあいだ

福岡伸一 著
講談社現代新書/2007

生命とは何か?

それは、自己複製を行うシステムである。

20世紀の生命科学が到達したひとつの答えである。
DNAが遺伝子本体であることが解明され、その二重らせんの持つ意味が判りました。

でも、果たして、それで生命を定義し得たのであろうか。

今、話題の本です。
父ちゃんもハマりました。

著者は、生命科学の辿ってきた道のりを示し、生命とは何か、を問い続けます。
生命の秘密を探り続ける旅は、とてもスリリングでエキサイティングです。

それにしても、福岡さんの文章のうまいこと。
科学の世界をこれだけ詩的に表現できる人は、初めてお目にかかりました。
読んでいて幸福感さえ覚える書です。

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2007年7月15日 (日)

お気に召すまま

Okinimesumama

シェイクスピア全集15

シェイクスピア著
松岡和子翻訳
ちくま文庫

かあちゃんです。元々文学少女ではなかったかあちゃん。
天下のシェイクスピアの作品を手に取ったのは2度目。
1度目は「ロミジュリ」。大学の英語のテキストだったから、しょうがなく…。
そして、2度目がこの「As You Like It お気に召すまま」

それはなぜか!単純です。
TVドラマ「花より男子」で、きらきらな王子様☆「花沢類」を演じた「小栗旬」という俳優がこの舞台に出ることを知ったからです!
わーお。そんな不純な動機で、手に取ってしまったか…。

はじめに読んだのは、古本屋さんで見つけた新潮文庫の福田恒存氏訳のもの。
1970年代の版だったと思います。
これは手強く、私は想像していたとおりの?難解な「シェイクスピア」という感じでした。
やっとの思いで、活字を目で追い、最後のページに辿り着く、という有様でした。
ふーっとため息をついて、1ヶ月が経ち、やっぱり松岡和子さんの翻訳ならどうかな?と思い立ちました。
なんといっても、今回上演される蜷川幸雄演出の「お気に召すまま」の翻訳を担当する方ですから!

シェイクスピアに限らず、新しい翻訳で、リニューアルされている古典が、この頃たくさんありますね。
でも、一冊丸ごと読み比べたのは初めてでした。
30~50年前の翻訳本と現代のもので、日本語の使われ方に、これほど大きい違いがあるのか~と、腰を抜かしました。
一般的な読者の読解力にも、差があるのかも、とも思いました。

また、ちくま文庫の方には、時代背景や、英語のことわざや、比喩、聖書やギリシャ神話、ローマ神話との関連や引用などが丁寧に解説された脚注があり、読み進む上で、とても助けになりました。

当然、読解力のないかあさんなので福田恒存氏訳に手こずったわけで、お恥ずかしい話ですが、今年、2007年6月に出版された松岡和子さんの翻訳した「お気に召すまま」は、するすると読み進むことができ、やっと登場人物の動く姿が見えるようになりました。

舞台は、アーデンの森。ひとめぼれをした若い男女の「恋」のお話しです。
はじめに、貴族社会の権力争いが描かれ、そこからのがれ森で暮らす男たち、森で暮らすために男装をしたり、貧しい身なりに変装した二人の若い女性、また、貴族とは無縁の羊飼いたちが登場します。
身分や境遇の違いはあれど、みな本気で恋をして夢中になってバカになって、それぞれに想った人と結ばれ幸せなフィナーレを迎える、なんとも、ハッピーなお話しです。

シェイクスピアって、こんな楽しいお話しを考えちゃう人だったのね~。
知らなかったー。
ロミジュリみたいな悲劇より、私は断然こっちがいいわ~♪

小栗旬くんは、このセリフ、どんな風に言うのかなあと、勝手に想像したりして、大いに楽しみました。自分でも演じてるつもりで、声に出して、読んでみたりして。

Icon3  「…だが、天使のようなロザリンド!」(P38)

 「ここに懸かっていろ、俺の歌、俺の恋の証人だ。(中略) ああ、ロザリンド、この木々が俺の手帳だ、その幹に思いの丈を彫りつけておこう、そうすれば、この森に住むすべての者の目が、いたるところであの人の美徳の証を見ることになる。 走れ、走れオーランドー、木という木に刻みつけるのだ、たとえようもなく美しく清らかな あの人の名を。」(P91~)

ってな具合に。そして、お芝居に出かけ、3時間半も乗った電車の中で、楽しく読了。

そしてかあさんは、東京渋谷のシアターコクーンで、初めてシェイクスピアのお芝居を観劇したのですが、そのお話しは、また今度。

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2007年6月28日 (木)

不都合な真実

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不都合な真実

アル・ゴア 著
ランダムハウス講談社/2007

父ちゃんです。
映画「不都合な真実」は少し前に公開されていましたが、県内で上映していたのは、福島のフォーラムだけ。
ちょっと、南会津から見に行くのには遠いので、結局観てません。
という訳で、せめて本でも読もう、と本書を手に取りました。

アメリカ元副大統領であるアル・ゴア氏。
1989年、当時上院議員であった彼に大きな転機が現れました。
彼の目の前で、幼い息子がトラックにはねられたのです。
幸いにして、一命はとりとめ、奇跡的に回復したのですが、このことは彼の意識にも大きな変化をもたらしました。
「私のスケジュールをいっぱいにしていた、かつては緊急なことに思えていたものが、本当は取るに足らないものだと、突然わかった」のです。
この後、彼は第一に家族との時間を重要視することにしました。
次いで、地球環境に関する仕事を行うことを決意しました。

本書は、現在進行している地球温暖化の問題を豊富な写真と図表を用いて明らかにしています。
地球上のあちこちで進行している地球温暖化の影響を、ビジュアルで理解できるようになっています。
抽象的にしか理解していなかった地球温暖化ですが、本書のおかげでよりリアルに感じられるようになりました。

改めて、地球温暖化防止に向けて取り組もう、と決意しました。
地球温暖化防止。まずは、省エネルギーから。

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2007年6月16日 (土)

森林はモリやハヤシではない

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森林はモリやハヤシではない
私の森林論

四手井綱英 著
ナカニシヤ出版/2006

四手井綱英、実に94歳の著書である。
四手井は、京都大学の名誉教授で、森林生態学の権威である。
本書は、四手井のいろんな原稿と書き下ろしを含めて、森林についての様々な話が綴られている。
四手井の研究生活は、そのまま戦後の林学の歴史そのものであるので、実に面白くためになる。

例えば、「里山」という言葉を使いだしたのは、四手井である。
これは、田んぼや畑への肥料として落ち葉や枝などを集める農用林を一般にも判る言葉として、四手井が考えた言葉である。
その後、里山という言葉自体は、過去に何度か使われたことがあることが判明したが、あまり一般化せず死語となっていたらしい。
よって、現在使われている里山の命名者は、四手井といって差し支えないだろう。
しかし、里山の言葉は、現在極めて広義に使われており、四手井の定義を大分逸脱しているようだ。
本書の中で、里山の意味するところを改めて説明している。

そのほか、林野行政への批判やふるさとの森づくりで有名な某植生学者への批判、自然保護観などが展開される。
なにせ、研究生活70年以上の人なので説得力がある。
(ちなみに某植生学者の指導による植樹祭には、何度か参加したことがある。
著書も何冊も読んでいるが、四手井とどちらが正しいかの評価は、判断つきかねている。)

四手井は本書を最後の著書としてまとめたようだが、まだ存命のようなので、新著を読みたいものである。

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2007年5月20日 (日)

全国学力テスト、参加しません。

全国学力テスト、参加しません。
犬山市教育委員会の選択

犬山市教育委員会 編
明石書店/2007

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父ちゃんです。

今年四月に行われた全国学力テスト。
全国で唯一不参加を表明した犬山市教育委員会は、そのことで一躍注目を集めました。

まずは、公的機関である犬山市教育委員会が真っ向から文部科学省に異を唱える本を著した勇気に拍手を送りたいと思います。
父ちゃんは、寡聞にして今回のテスト不参加により、初めて犬山を知りましたが、そこに至るまでには、約十年に及ぶ教育改革の実践があったのです。

全国学力テスト、これに類するテストは六十年代にも行われたことがありました。
その時、何が起こったか。
学校毎の競争が加熱し、テストのための授業やテストの際に成績の悪い子を休ませるといったことも起こったそうです。
そのため、テストは中止に至りました。
今回のテストは、先の小泉内閣の中山文部大臣が言い出したようで、その狙いは教育現場に市場原理による競争を持ち込もうとするものです。
さすがに文部科学省自体は、60年代の失敗を承知していて、今回のテストはデータを得るためのもので、個々の結果は公表しない、などと言っています。
しかし、同時に市町村などで結果を公表することはそれぞれの判断にゆだねる、としています。
父兄から、結果の公表を求める声があがるのは必至で、60年代の再現が生じるのは明らかです。

犬山では、検討を重ねた結果、悪影響が懸念されるため「実施すべきものではない」として不参加を決定しました。

では、犬山で行われてきた教育改革の目指すところとは何か。
「自ら学ぶ力」を育てることです。
自ら学ぶ力とは、「基礎的な学力を身につけ、家族や友だちを大事にし、地域を支え、自分の人生をたいせつにするとともに、生涯にわたって自ら学び続けようとする力」と定義づけています。

それを実現するために、権限を極力現場に落とし、少人数学級を実現しました。
現代社会はすぐに評価を持ち出しますが、それは行いません。
それは、教師の目線は子どもに注がれるべきで、評価を行うようになると上ばかりを気にするようになる、との理由によります。
犬山の授業で特徴的なのは、「学びあい」が多用されることです。
少人数クラスを更にグループ分けし、教師は必要最小限の指示を行い、後はグループで答えを考えたりします。
4~5人のグループでは、成績の悪い子も発言し、判らないことはグループのみんなで教えあうようになるため、学力の底上げと子どもの自ら学ぶ力を養い、積極性を増すことになります。
子どもたちは、学校が楽しい、と言います。
犬山では、欠席率が全国平均に比べかなり低いということで、数値的にそのことを示しています。

一方、教育の場に競争原理を持ち込むとどうなるか。
東京都品川区では、学校選択制が実施され、学力テストの結果が公表されているそうです。
そのため、人気のある学校とない学校の格差がますます広がっている状況が生まれているようです。
また「習熟度別指導」も行われ、発展クラスの子が優越意識を持ち、他のクラスの子をバカにする発言を行い、トラブルに発展した、という事例も報告されています。

果たして、あなたは、子どもをどちらの学校に通わせたいでしょうか。

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2007年3月 9日 (金)

洗面器でヤギごはん

父ちゃんです。

しばらく前に読んだ本の紹介。
ここにもたびたび登場した自転車世界一周男、石田ゆうすけ君の新作です。

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洗面器でヤギごはん

石田ゆうすけ 著
実業之日本社/2006

食べ物というのは、その土地の風土・文化と切り離すことができない。
その土地に連綿と続いてきた土地の記憶である。

さて、石田君の自転車ひとり旅の三作目は、世界中で出会った食べ物を切り口に、その土地でのエピソードが語られていく。
味覚というものは、強烈な感覚で、石田君の出会った食べ物や人々が、すごくリアルに頭の中に浮かんでくる。
この感覚は、前二作には無かったなー。

世界には実にいろんな食べ物があって、実にいろんな風景や人々がいる。
実にまずそうな食べ物も、実にうまそうな食べ物もいろいろある。
予期せぬ味に出会うのも旅の醍醐味だよなー。
(お、醍醐味にも味という字が・・・。醍醐味ってどんな味かなー。)

ああ、食ってみてー。
いやしんぼの父ちゃんは、まだ見ぬ世界の料理を恋いこがれるのである。

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2007年2月26日 (月)

野洲スタイル

父ちゃんです。

熱は下がりましたが、咳が止まらないので今日までお休み。
Fさん、検査行けなくてすみません。明日は行きます。多分・・・。

さて、本の紹介です。

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野洲スタイル

山本佳司 著
角川書店/2006

昨年の全国高校サッカー選手権大会決勝戦。
優勝した野洲高校サッカー部は、実にクリエイティブで面白い試合をしたらしい。
らしい、というのは、父ちゃんはその試合を見逃したから。
後から、いろんな人が絶賛しているのを聞いて、ああ見たかったなあ、と悔しい思いをしたものだった。
そして、今年こそは、と期待していたのだが、野洲高校は早々に消えてしまって見れず仕舞い。
うーん、悶々が募るばかりだ。

せめてもとばかりに、野洲高校サッカー部監督の著書を読んでみた。

滋賀県の地方都市にある公立高校、部員12名しかいない弱小サッカー部の監督に就任した著者は、9年かかって全国制覇に導いた。
はじめは、部員を集めるところから始めたようだ。
山本監督の視点は、常に世界に照準を合わせてある。
全国高校サッカー選手権ですら、通過点に過ぎない、と言う。

山本監督の視点は、どこで養われたものか。
それは、大学時代のドイツ留学経験に負う。
もともとレスリングの選手だった著者であったが、ドイツでサッカー関係者たちとサッカー観戦をし、議論を闘わせているうちに、サッカーに対する深い造詣ができてきていた。
それが、華開いたものが、野洲高校サッカー部である。

山本監督の視点と指導法が素晴らしい。
公立高校ゆえ、決して優れた選手ばかりを集めて来ることはできない。
体力も体格も劣る条件の中で、どうやって結果を出していくか。
テクニックには、多少自身のある選手たちに、
「技術では日本一と言われるようになろう」と山本監督は指導した。

ただ頑張れ、と言うのではなく、与えられた条件の何を伸ばすべきか、具体的に指示している。
個人個人に対しても、得意な部分を伸ばすように、常にポジティブな言葉かけをしている。

日本サッカーに対するメッセージもあると共に、子育てにも通ずる部分があり、大変ためになった。

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2007年2月24日 (土)

センス・オブ・ワンダー

父ちゃんです。

ようやく熱が下がり、平熱に戻りました。
気力が全くなかった昨日までに比べると、大分元気になってきました。
とは言え、まだ咳はでるし、だるさもあります。
インフルエンザは、熱が下がってからも2~3日は感染のおそれがある、ということで相変わらず四畳半の部屋に隔離状態です。
週末だというのに、家から出られない。
仕方がないので、本ばかり読んでます。

家族みんながサッカーや買い物で出掛けたので、この原稿を書いてます。
パソコンは、みんなが集う部屋に置いてあるもので。
長居しないから許してね。

さて、先刻読んだ本の紹介。

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センス・オブ・ワンダー

レイチェル・カーソン 著
上遠恵子 訳/森本二太郎 写真
新潮社/1996

「沈黙の春」で有名なレイチェル・カーソンの遺作である。

レイチェルは、姪の息子のロジャーと毎年夏を海辺の別荘で過ごした。
彼女は、ロジャーに対し、動物や植物の名前を意識的に教えたりはしなかった。
彼女は、ロジャーと共に自然の中で一緒に過ごした中で、時に荒々しく、時に優しい自然に対し驚きや感動を分かち合ったのである。

レイチェルは言います。
「わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。」

本書は、レイチェルとロジャーが過ごしたアメリカ・メイン州の自然の写真が随所に挿入されており、レイチェル達の過ごした自然に思いを馳せることができます。

子どもたちの未来、そして自然の未来への礎を子どもたちの感性に見いだしたレイチェル。
その穏やかでシンプルがメッセージが心を打ちます。

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2007年2月22日 (木)

インフルエンザがやってきた

かあちゃんです。
ついに、インフルエンザA型がうちにやってきました!
持ってきちゃったのは父ちゃんです。
そういえば、きのうから、「風邪引きのやつばっかりなんだ、うちの職場が」といいながらゲホゲホてました。
今日は、そうそうに仕事を切り上げ、帰宅。
早速病院に行って、インフルエンザと診断されて帰ってきました。
きゃー!!
今年は、家族の誰も予防接種をしていません。しそびれたんです。
なので、にわかにマスクを着用&うがい、手洗いを実行。
家じゅうで、わたわたしてました。

社会人の皆さん、風邪をひいたら、迷わず仕事に出るのはやめて、うちで養生しましょうね。
無理してでも、やってしまいたい気持ちはわかるけど、無理は禁物ですから~。

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2007年2月20日 (火)

成功はゴミ箱の中に

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成功はゴミ箱の中に
レイ・クロック自伝

レイ・A・クロック、ロバート・アンダーソン 著
プレジデント社/2007

父ちゃんです。

本屋に平積みになっていたこの本の著者、レイ・クロックはマクドナルドを世界的チェーンにした人です。
パラパラと立ち読みしたら、滅法面白いのでやめられなくなってしまいました。

マルチミキサーという機械のセールスマンだったレイが、マクドナルド兄弟に出会って、その店をチェーン展開しようと思い立ったのは、何と52歳の時。
アメリカンドリームは、おじさんにも道が開かれているのだ。

それからのレイの活躍の成果は、皆さん、ご存知のとおり。
いまやマクドナルドは、世界中の街角に建ち並ぼうとしている。

レイ自身は、マクドナルドへの限りない愛情があって、自分の信ずる道を辿っている。
人々に安くて良質のハンバーガーを提供し、儲けは球団や福祉活動に還元している。
一読すると、レイの姿勢自体には感服することが多い。

でも、ちょっと本を閉じて考えて見ると、マクドナルドがもたらした功罪の罪の部分が見えてくる。
効率を求めた結果、何が捨てられてきたのだろうか。
便利さの陰で、何か忘れられていないだろうか。

レイ・クロックが、偉大な人物であったことは疑いない。
しかし、少なくとも父ちゃんは共感できない。

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2007年2月 9日 (金)

散るぞ悲しき

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散るぞ悲しき
硫黄島総指揮官・栗林忠道

梯久美子 著
新潮社/2005

父ちゃんです。

昨日(2/8)まで、1泊2日で東京出張に行ってました。
最近、ずっと忙しかったので束の間の休息って感じです。
(いや、別に休みに行った訳ではないのですが。)
電車の長旅は、本が思う存分読めるので好きです。
この本も一気に読んでしまいました。

さて本題。

硫黄島の激戦を指揮した栗林中将。
米国留学の経験もあり、緻密な合理主義者であった彼は、当時の軍部にあって異色の存在であった。
作戦遂行においては、容赦仮借ない指揮者であったが、一方で部下に対する思いやりのある人柄で慕われていた。

栗林中将の人柄を浮き彫りにすべく、著者は遺族を訪ねあるく。
その中で、家族思いの家長の姿も明らかになっていった。

硫黄島へ赴任当時、家族のもとへは頻繁に手紙が送られてきていた。
その中には、台所の穴はどうなっているか、お風呂は週に2回はたてなさい、だの実に生活の細々したことが述べられている。
当時の帝国軍人の中で、このような手紙を送る人は稀であっただろう。
それらの手紙を読んでいると、頼りになるお父さんと家族とのやりとりが目に見えるようである。

栗林は、硫黄島の戦いが万に一つも勝ち目がないことを、米国留学の経験から身をもって知っていた。
また、この硫黄島が奪われれば、本土の防衛線が破られ、本土決戦の拠点となることも。
そのことは、東京が空襲に会うことを意味する。

栗林は、日本を守るため、ひいては家族を守るため、徹底的な持久戦に持ち込むことを決意する。

著者は、手紙と遺族たちからの証言により、栗林中将という人間と硫黄島の戦いを検証していきます。
どうしても、映画「硫黄島からの手紙」で栗林を演じた渡辺謙の姿が脳裏にちらつきますが、この本から得た印象と見事にマッチします。
映画が如何に栗林をうまく描けたかの証左でもありましょう。

当時、栗林のような人物がいたことに感歎を覚えます。
米国から最も怖れられ、最も尊敬された帝国軍人、栗林。
彼を深く理解したい人は、ぜひ読んでみてください。

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2007年1月10日 (水)

3日で運がよくなる「そうじ力」

2006masuda

3日で運がよくなる「そうじ力」

舛田光洋/著
王様文庫/2006

年末は大掃除の季節。
そうじは面倒ですねー。
そこで、最近話題の「そうじ力」。
「そうじ力」って一体何だ?
一冊手に取って読んでみました。

読んでみると、「そうじ力ならどんな思いも願いのまま」と云ったマユツバ情報満載です。
うーん、これはどうかな。

理性的には拒否反応を示しますが、心情的には共感できる箇所もあります。
曰く「部屋はあなたの心理状態を映し出す鏡です」。
これは、素直にそうかな、と思います。
結局のところ、そうじによって心をすっきりさせることが、他にも好影響を及ぼす、と云ったところでしょうか。

著者は、5つのステップで人生がガラリと好転する!と説いています。
1.換気する 2.捨てる 3.汚れを取る 4.整理整頓 5.炒り塩

4つめまでは、素直に受け取れるんだけどなー。
まあ、この本を読んで、多少、そうじに対するモチベーションが上がったことは確かです。

じゃあ、本棚に入りきれずにあふれている本でも捨てようか。
雑誌30冊、単行本と文庫20冊、CD10枚・・・捨てるのは惜しいので、古本屋に売ってきました。
すると、なんと3500円になりました。

わーい、そうじするって何て素晴らしいんだろう。
(著者の主張と方向が違うような気がしますが・・・。)

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2006年12月24日 (日)

お母さんはしつけをしないで

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お母さんはしつけをしないで

長谷川博一・著
草思社/2005

父ちゃんです。
子どもをめぐる様々な事件は、暗澹たる気持ちにさせられます。
それらには、追いつめられたお母さんの影が見て取れます。

さて、本書は心理療法の臨床医である著者が、少年犯罪を含む豊富な経験をもとに、お母さんをしつけからの呪縛から解き放してくれます。
子どもたちを無理にしつけようとすると、後で大きなツケを払うことになる、というのがその主張です。
アダルトチルドレンや子どもへの虐待、非行、引きこもり、いじめなど多くの問題は、家庭環境に起因します。
その親たちは、子どもをきちんとしつけようとした結果、子どもたちは心に闇をかかえることになったのです。

親は、自分が育ったように、子どもに対して接してしまいます。
その連鎖を断ち切る処方箋は何か?
それが、タイトルともなっている「しつけをしないで」ということです。

詳しくは、本書に譲りますが、親も子どもも楽になれます。
子育てに悩むお母さん(とお父さん)にお奨め。

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2006年12月12日 (火)

ミミズが鳴くってほんとう?

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「ミミズが鳴くってほんとう?」
谷本雄治 著
アリス館/2001

父ちゃんです。

「ミミズって、鳴くの?」
福島県の小学2年生の男の子に聞かれた著者は、鳴くはずがない、と思いつつ、「待てよ」と思い直しました。
そこで、男の子と調べてみようと約束し、さっそく調べ始めました。

この本は、そんな著者がどのように調べて、どういう結論に至ったかを書いた本です。
子ども向けの本なので、あっという間に読めますが、情報の集め方や整理の仕方、研究の方法について、詳しく書かれており、大人にも参考になります。
調べることが、とても面白くなる本です。

さて、著者の結論はどうなったか?
読んでみて下さい。

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2006年12月 4日 (月)

夜のピクニック

かあちゃんです。

Yorunopikunikku_1
夜のピクニック
恩田陸
新潮社

小説というものを、めったに読まない私ですが、久し振りに読みました。
一気にとはいかなかったけど、三夜かけて読みました。

高校最後の行事「歩行祭」の24時間、仲のよい友だちと歩きながらおしゃべりを続ける。考えることは「友だち」「恋」「家族」「将来」「青春」…。
夜になると、隣で話している友だちの表情もわからないほど真っ暗な闇の中、極限まで疲労した身体を引きずって、正直になる自分。

真夜中は、異次元とまではいかずとも、どこかハイで、いつもとは違う空間なのである。
私が読んだのも、真夜中。
いつもならとっくに眠くなってる時間なのに、妙に目が冴えて活字から目が離せない。
でも、パソコンの電源を切るのことがどうしても出来なくて夜更かしをしてしまういつもの夜とは違って、納得のいく「充実した夜更かし」なのでした。

女子校で、もちろん彼氏もいないさえない女子高生だった私も、それなりに毎日一生懸命で、「青春」してたかもなーと当時を懐かしく思い出しました。
あらそいも暴力もホラーも全くない、爽やかな作品でした。
映画化もされましたが、そちらを見るかどうかは迷ってるところです。

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2006年10月19日 (木)

大人も子どももわかるイスラム世界の「大疑問」

大人も子どももわかるイスラム世界の「大疑問」
池上彰
講談社+α新書

Ikegami

2001年9月11日。
世界は、その時起こった悲劇に恐怖した。
実行犯と見られたのは、イスラム原理主義過激派組織「アルカイダ」。
一体、イスラム世界とは何なのだろうか。

この本は、NHK「週間子どもニュース」のお父さん役でお馴染みの池上彰氏の著。
さすがに分かり易い解説で、一気に読めてしまいます。
イスラム世界と言っても、国や地域によって様々。
おお、そうだったのか、と改めて判ったことも多いです。

イスラム教を解き明かすには、ユダヤ教、キリスト教にも触れざるを得ません。
なぜならば、この3つの宗教の神様は、同じ神様なのです。
聖典も旧約聖書は共通です。
聖地エルサレムも共通の聖地なので、イスラエル対イスラム社会の紛争の種となります。

神道や仏教についても簡単に触れており、宗教入門としても最適。

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2006年7月20日 (木)

オシムの言葉

オシムの言葉

木村元彦/著
集英社

言うまでもなく、話題の日本代表新監督オシムについての本である。
前から読みたかったのだが、これを機に読んでみた。

読み始めたら止まらない。
ジェフ市原の監督であったオシム氏は、
ぱっとしなかったチームをトップ争いをするまでに鍛え上げた。
サッカーの話を中心に、オシムの半生が描かれている。

旧ユーゴスラビアのサラエボで生まれ育ったオシムは、
数学教授への道を蹴って、サッカーを選んだ。
旧ユーゴの代表監督就任中に、祖国の分裂に見舞われ、
家族と離ればなれにならざるを得なくなる。

読み終わって、オシムの激動の人生に想いを馳せた。
オシムの言葉は、深い裏打ちがあり、
サッカーのみならず、日本人全体へのメッセージが窺える。

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2006年1月 5日 (木)

読む力は生きる力

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読む力は生きる力

脇明子/著
岩波書店/2005

読書は大切だ。
誰もが口にします。
でも一体何故なんだろう。
突き詰めて考えると、なかなか説明できません。

庶民が本を手にできるようになったのは、せいぜい明治以降。
昔は本なんか無かったけれど、立派に子どもを育てているじゃないか。
これへの反論は、結構難しいです。

著者は、ノートルダム清心女子大学教授。
本が嫌いな学生が目立って増えてきたこと、更にはその学生達が小学校や幼稚園の先生を目指していることから、子ども達の将来に危機を覚え、この本を著したそうです。

読む力は生きる力。
読書という精神活動から得られて、映像メディアからは得られないもの。
著者は、3つ挙げています。
「書き言葉レベルの言葉を使う力」「想像力」「全体を見渡して論理的に考える力」の3つです。

書き言葉レベルの言葉が何故必要かについては、社会生活を行う上で、文書を著したり、読んで理解したりすることが必要不可欠になるからです。
また、書き言葉レベルの言葉を覚えることで、ものを考える道具にもなります。

本を読むことによって得られる最も大きなものは、想像力を養うということです。
子どもが最初に接する絵本は、絵と言葉によってできています。
絵は動かないので、絵と絵の間のできごとは、想像によって補うのです。
想像力とは、その場にないもののイメージを思い浮かべる能力です。
これは具体的なものだけではなく、相手の思っていることを思い浮かべることも含みます。

ここにないものがどこにあるか、
自分が行ったことがどういう影響をおよぼすか、
これからどんなことが起こるのか、
これらは全て想像力によってもたらされます。
想像力によって、自分の行動を主体的に決めることができます。
この想像力は、読書によって、また、一人であれこれ考えることによって養われます。

最近、子どもたちによって起こされる悲惨な事件が頻発していますが、想像力の欠如がその一因になっているのではないでしょうか。
国民レベルでの想像力の欠如の末路は、独裁者の台頭を許してしまうのではないでしょうか。
憲法改正の先にあるのは、自分の子どもたちが戦場に送られること、ということにどうして気付かないのでしょう。
ちょっと、話が脇に逸れてしまいました。

3つめの「全体を見渡して論理的に考える力」は、特に長編のものを読むことによって養われます。
長編のファンタジーを読む場合には、その世界を想像しながら心の中で構築する必要があります。
ものごとを筋道立てて読む必要があるのです。
このことは、何事かをなすときに、全体の中で一体どういう意味を持つのかを考えることができるようになるでしょう。

以上、本書の主張と私の主観を少し混ぜて説明しました。
本書には、これらの具体的な説明と本を選ぶときの注意点、本の紹介などがいろいろ述べられています。
興味のある方は、読んでみてください。

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2005年12月24日 (土)

はてしない物語

はてしない物語

1982ende

ミヒャエル・エンデ/作
上田真而子・佐藤真理子/訳

岩波書店/1982

父ちゃんです。
ご存知「ネバーエンディング・ストーリー」の原作ですが、何ヶ月もかかってようやく読み終えることができました。
毎晩、少しづつ、しょうへいに読み聞かせをしていたのです。

「はてしない物語」は、いじめられっ子の少年バスチアンが古本屋で見つけた「はてしない物語」という本を手に取る場面から始まります。
バスチアンが読んでいる本の中の世界ファンタージエンが滅亡の危機にさらされ、それを救うべく女王の命を受けて冒険の旅にでる少年アトレーユと白い竜フッフール。
しかし、ファンタージエンを救うことができたのは、本を読んでいるバスチアン自身だったのです。
ついにバスチアンは、本の中の世界ファンタージエンに入り込みます。

はらはらどきどきの冒険の連続です。
バスチアンは、ファンタージエンの中で様々な経験をし、そして自分の最後の望みとは何かを考えます。
そして感動のラスト。
詳述はしませんが、最後は涙なしには読めず、読み聞かせがしばらく中断しました。

思春期の少年が本の中の体験を通して成長していく物語。
しょうへいは、冒険の話が面白かったようですが、著者の意図を理解するには、まだ難しいだろうな。
しょうへいには思春期にもう一度読んでほしい話です。

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2005年9月21日 (水)

木のいのち木のこころ

「木のいのち木のこころ <天・地・人>」
 西岡常一・小川三夫・塩野米松 著
 新潮文庫 

この本は、宮大工・西岡常一とその弟子・小川三夫、更にその弟子たちの聞き書き集である。
かつて、単行本で<天の巻><地の巻><人の巻>として、刊行されていたが、このほど一冊の文庫に合本された。

法隆寺を1300年守ってきた宮大工たち。
職人の手から手へと引き継がれてきた技と知恵。
その系譜の最後となる法隆寺棟梁が、西岡常一である。

西岡常一は、その祖父より、幼いうちから棟梁として育てられ、かつての宮大工の生き方をそのまま実践してきた。
寺社以外の仕事はせず、決して民家の仕事はやらなかった。
仕事の無いときは、田畑を耕して生活していた。
そのため、大変貧しい生活を強いられ、田畑を売って、ようやく食いつないでいる状態であった。
それを見ているせいか、子どもたちは跡を継がなかった。

小川三夫は、西岡の唯一の内弟子である。
西岡に三度追い返されながら、遂に内弟子となり、西岡の技術を受け継ぐ。
食えない宮大工を食えるようにしようと、宮大工集団「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」を主宰する。

そして、鵤工舎の若者たち。
さまざまな思いで、宮大工の世界に飛び込み、その仕事を継承する。

宮大工の世界は、徒弟制度である。
親方と弟子は、一緒に生活し仕事を行う。
生活全部が、修行の一環である。
今の時代に何をそんな時代遅れな、と思われるかもしれないが、西岡も小川もこの方法でなければ、宮大工の技術は伝えられないと言う。
基本は、刃物の研ぎ。
これがきちんとなされなければ、仕事はできない。
これに何年もかかる。
弟子たちは、毎日刃物の研ぎを行う。
うまくできずに焦りを覚える。
今の時代に何年もかけて覚える技術など、そうはないだろう。
親方は、こうすればいいとか事細かには教えてくれない。
頃合いを見計らって、鉋屑はこうならなあかんのやと、しゅっとやってその鉋屑を見せるだけである。
しかし、モチベーションを高めた弟子は、いきなり伸びるのである。

現代の何でも効率が優先される世の中にあって、昔ながらの徒弟制度を守り、技術を伝えていく宮大工たちの物語。
職人たちの技術は、決して文字に置き換えることのできない手の記憶である。
それは、一朝一夕には修得できるものではなく、何年もかかって修得するものである。
昔の技術や伝統が次々に失われていく時代だが、だからこそ、彼らは貴重な存在であり、今の世の中のあり方を考えさせられる。

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