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2011年3月31日 (木)

放射線健康リスク講演会

昨日、「福島原発事故の放射線健康リスクについての講演会」が南会津で開催され、聴講してきました。
会場は、御蔵入交流館多目的ホールというところだったのですが、立ち見が出るくらいの大盛況。
みんなの関心の高さが窺えました。

講演の中身を要約すると、
100ミリシーベルトを超えないと普通は健康被害が無いから、現レベルでは大丈夫です、
というもの。
枝野さんの話をちょっと詳しくした程度の話で、正直、疑問は払拭できない。

講演後の質疑応答。
これが凄かった。
避難指示の区域からの住民からの質問がいっぱいあった。
「一体いつになったら住めるようになるんだ?」
「家財道具を持ち出したいが、できるのか? 持ち出したのは使えるのか?」
「国と東電は絶対安全だと言ってきた。何を信用して良いのか。」
「農作物の作付けは、どうなるんだ?」
「風評被害を防ぐには、どうしたら良いのか?」
等々。

ちょっと、今回の講演者に訊く内容じゃないだろう、というのが多数含まれていましたが、住みかを奪われた人たちの怒りの矛先がみんな向かったようです。
父ちゃんの疑問を質問できるような雰囲気では、とても無かった。
講演者は、それらの質問に対して、真摯に回答していました。
講演内容も回答内容も事実なんだろう、と思います。
しかし、何かを避けて通っているような印象は、最後までぬぐえませんでした。

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救援物資

母ちゃんの母方の実家は気仙沼。
何軒かあった親戚は、一軒の家に集まって避難生活を送っているらしい。

うちからも救援物資を送った。
生活用品、食品、衣料、絵本、そして父ちゃんが選んだ田島のお酒。

今日届いたらしく、お礼の電話があった。
「いやあ、20日振りにお酒飲んだよ。ありがとう。」

良かった。良かった。

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2011年3月30日 (水)

南会津生活は続きます

日曜の夜、一晩中放射線の測定をやっていた父ちゃんです。
眠いし、寒かった。
南会津は、0.08~0.09マイクロシーベルト/時間。
平常値よりちょっと高いけど、全く問題無いレベルです。

さて、父ちゃんは重大な決断を下しました。
この春から、郡山の中学に入学するはずだったしょうへいと転校予定のいっちゃんでしたが、このまま田島に残ることにしました。
田島のみなさん、引き続きよろしくお願いします。

一向に収まらない原発事故の故です。
郡山の放射線測定レベルは、2~3マイクロシーベルト/時間。
結構高い値です。
X線のレベルと比較して低いから大丈夫などという説明がなされていたりしますが、この説明には怒りすら覚えます。

法律で定められた一般の人の被曝限度は、年間1ミリシーベルトです。
例えば、放射線レベルが現状のまま今後1ヶ月続くとすると、
2マイクロシーベルト/時間*24時間*30日=1440マイクロシーベルト=1.44ミリシーベルト
となり、一ヶ月で年間被曝限度を超えます。

屋外の値なので、屋内にいればもっと低い値になるとは思われますが、換気の際に放射性物質が入ってくるのは免れられない。
あまり屋外に出ないで多少先延ばししたとしても、ずっと住んでいれば年間被曝限度を超えるのは、時間の問題じゃないか。
また、子どもはもっと厳しい基準で考えるべきだろう(乳幼児は10倍との見方もある)。

何故か、こういう単純なかけ算が政府や県のホームページにはでてこない。
そこで、市民の立場に立ったサイトをいくつか紹介します。

●中部大学教授・武田邦彦氏のブログ
http://takedanet.com/
内閣府原子力委員会専門委員、同安全委員会専門委員も努める氏のブログは、とても判りやすい。

●原子力資料情報室(CNIC)
http://www.cnic.jp/
反核の市民団体の中でも理論的支柱となっている団体。

●ドイツ気象庁 http://www.dwd.de/
福島第一原発からの放射性物質放出の予測。
当然ながら、風下に放射性物質は飛んでいきます。なんで、日本の気象庁はこういうデータを出さないんだろう。
http://bit.ly/fTiCeC

●ノルウェー気象庁の放射性物質放出の予測。
http://transport.nilu.no/products/browser/fpv_fuku?fpp=conc_I-131_0_;region=Japan

現時点で郡山に引っ越すことは、子どもたちにとってリスクが高すぎる、と父ちゃんは思っています。
安全なレベルになるまでは、南会津で暮らそうと思います。

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2011年3月23日 (水)

しょうへいの卒業式

昨日のブログに対して母ちゃんから言葉がきついとクレームがつきました。
また、ブログとは関係ないのですが、うちの親父から「会津は原発から100km以上離れており問題ないのに、福島県全域の野菜を出荷停止にするとは何事だ!」という怒りの電話をいただきました。
全く同感なのですが、それでも政府及び県としての対応は間違ってないと思っています。
グレーゾーンも含めての出荷停止は、国民の安全を確保する緊急措置としては間違っていない。
その上で、きめ細やかに安全性を確認していき、順次出荷停止を解除していけば良いのです。

知事から県職員全員に向けてのメッセージも発せられました。
「皆さんは、県民の命綱である。」
重いメッセージです。
どんどん悲観材料が増えていく中、希望を見いだすのは困難ですが、それでも我々は諦めることは許されない。
何年かかって福島県を復興できるのか見当つきませんが、やらなくてはならない、と感じています。

さて、全く話題は変わりますが、
今日、しょうへいは小学校を卒業しました。
南会津に来て4年間、はじめは受け入れられずにトラブルもありました。
しかし、現在ではクラスにしょうへいが必要だ、と担任の先生が言うように居場所があるようです。
人生の中でも重要な時期を自然豊かで人も素朴な南会津ですごして、本当に良かったな、と少なくとも父ちゃんは思っています。

卒業式は、当初予定していた式より簡素化され、黙祷から始まりました。
シンプルだけど、とても心に残る式となりました。
見送りが終わった後も、友だちといろいろしゃべったり、写真を撮ったりしてなかなか帰路につかない。
ありがとう、田島小学校のみんな。
おめでとう、しょうへい。

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2011年3月22日 (火)

福島県農林水産業の終焉

風評被害が始まった。
ホウレンソウ、牛乳は既に市場には出荷されていないが、それ以外の品目でも取引中止が相次いでいるらしい。
木材、花、日本酒にいたるまで。

関係ねーだろ! と声を大にして言いたいが、福島県というラベルがついただけで、もうダメだという。

無念。
としか言いようがない。
回復までには、何年かかることか。

福島県の長い冬が始まった。

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2011年3月21日 (月)

見えない恐怖

先の見えない不安に苛まれている。
言うまでもなく、放射能への恐怖である。

震災前の予定では、今年四月から自宅のある郡山市にみんなで引っ越し。
しょうへいは、郡山の中学に入学。

果たして、予定通り引っ越して良いものかどうか?
原発事故は、このまま収束するのか?

結論が出せずにいる。

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2011年3月17日 (木)

深澤さんからの緊急提案

岩手でお世話になった薪割りクラブ世話人、深澤さんからの緊急提案がありました。
薪割リストにもできることがあります。
提案内容は、「ふくしま薪ネット」にて。
http://homepage2.nifty.com/masatoshi/f_makinet/index.html

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2011年3月16日 (水)

広がる被害

日に日に深刻さを増していく今回の大震災。
殊に原発事故が大きい。
これまで「安全だ」という説明を繰り返してきた東電と国には怒りを禁じ得ない。
もとよりそんな説明は、はなから信じていなかった父ちゃんだが、いざ原発事故が現実のものとなるとは、信じがたいものがある。
ここに至っては、国と東電に頼らざるを得ない。
被害を最小限に抑えるべく、しっかりと対処して欲しい。

職場にも家の中にも重苦しい空気が立ちこめている。

遠隔地内示が出ていた父ちゃんだが、人事異動もふっとんだ。
発注済みの工事は、全部ストップ。
ガソリンもないので、郡山の家も母ちゃんの実家も見に行けない。

南会津では、専ら炊き出しを行っている。
学校、公民館、各飲食店みんながご飯を炊いておにぎりを作る。
父ちゃんはその仕分け作業を手伝った。
これらは、郡山や船引、遠くは相馬まで運ばれる。

近隣町村でも炊き出しをやっており、檜枝岐からもおにぎりが毎日運ばれている。

被災者の受け入れがだんだん南会津でも始まるようだ。

一体どこまで広がるのか、この被害。
後方支援しかできないのが、もどかしい思いだが、後方支援をしっかりやっていきたいと思う。

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2011年3月15日 (火)

地震余波

昨日から携帯と電話はつながるようになりました。
事務所に出勤して、同僚から各地の被害状況を聞くにつれ、改めて被害の大きさに驚いています。
家族が避難所生活を送っている人。
断水で困っている人。

会津若松も場所によりかなり被害があったようで、道路の亀裂や蔵の崩壊、自宅が滅茶苦茶になっていつ倒れてもおかしくない状態になった人。
会津若松駅は、耐震上の問題から現在封鎖されているようです。

南会津が殆ど無傷なのは、奇跡に近いと言わざるを得ません。

さて、父ちゃんは、しょうへいたち6年生の学年委員。
これまで何回も集まって「卒業を祝う会」の準備を進めてきました。
昨夜も学年委員で集まって、話し合いが持たれました。
すぐに「実施すべきじゃない」という結論で一致しました。
子どもたちには可哀想な気もしますが、いまはみんなで協力してこの難局を乗り切るとき。
何ができるか考えるきっかけになると良いと思っています。

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2011年3月13日 (日)

皆さん無事ですか? その2

相変わらずつながらない携帯と固定電話。
どうやらIP電話の類は、ダメらしい。

各地での被害状況には、言葉もない。

幸い、我が家は通信手段が途絶えた以外には、特に不自由はない。
今後物流が途絶えることに備え、一週間暮らせる分の物資と食糧は備えた。
自動車のガソリンも満タンにした。

家族揃って食べる食事。
いつも当たり前に思っていることの、何と有り難いことか。

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2011年3月12日 (土)

皆さん無事ですか?

情報が徐々に明らかになるにつれ、あまりの出来事に深い戦慄と悲しみを覚えます。
一見、目立った被害もなく平穏に見える南会津ですが、地震の影は確実にあって、ことにスーパーでは顕著に現れています。
品切れのものが続出しており、物資の不足が目立ってきています。
テレビで各地の情報は得ているものの、困ったことに、現在、携帯電話も固定電話も使えません。
唯一、このブログが外側に向けての情報発信の手段となっています。

知りたいのは、皆さんの安否情報。
親戚で安否不明の人もいます。
判ったら教えてください。

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岩瀬薪割りクラブは中止です。

皆さん、ご無事でしょうか?
被災した方々には、心からの哀悼の意を表します。
取りあえず、我が家は全員無事です。

さて、緊急連絡。
3月13日に予定していた岩瀬薪割りクラブですが、各地で地震による被害が発生していることにより、中止します。

下郷では、県道で土砂崩れが発生し一時通行止めになったようです。
南会津もかなり揺れましたが、書類が落ちた程度で目立った被害はありませんでした。
我が家も特に被害はありませんでした。

しかし、情報が明らかになるのはこれから。
事務所でも特別警戒体制が布かれ、シフトが組まれました。
一体どうなるのか?
漠とした不安を覚えます。

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2011年3月 5日 (土)

メイスンリヒーター

いまだにあの暖かさは忘れがたい。
先週末たずねた岩手のメイスンリヒーターである。
メイスンリヒーターとは、石やレンガでできた蓄熱式薪ストーブのこと。
詳しい報告は、「ふくしま薪ネット」にゆずる。

メイスンリヒーターをたずねていったのは、父ちゃんと金親さん。
我が家の設計もやってもらった金親さんは、喜多方のまちおこしでも活躍している。
レンガの登窯を復活させるプロジェクトの主要メンバーだ。
登窯を復活させてレンガを焼くのはいいけれど、レンガ単体では弱いなあ、と感じていたらしい。
レンガでできたメイスンリヒーターを見て、何か得た模様。

「いやあ、来て良かった。」
「確信しました。これです。」

近い将来に喜多方産のレンガによるメイスンリヒーターも実現するかも。

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